吸魂鬼 (3)



*最後のほうに、さくっとですが、グロっぽい表現があります。苦手な方はご注意。*



「あらやだぁ、ジャスティンもアーニーも、思春期?」



 顔を赤くして必死にリンから視線を逸らしている男子二人を見て、ベティ・アイビスがクスクス笑った。スーザン・ボーンズもそれに乗じている。笑われた男子たちは、しかし何も言わないことにしたらしく、ひたすら窓の外や通路の方を見続ける。



「でも、気持ちは分かるかも……いまのリン、すっごく色っぽかった……」



 男子たちに負けないくらい赤くした顔を両手で包みながら、ハンナ・アボットが消え入りそうな声で言った。それにベティがニヤリと笑って何か言おうとしたとき、リンが不意に顔を窓の外に向けた。汽車が速度を落とし始めたのだ。



「もう着くのかな?」


「ううん、まだ着かないはずよ」



 アーニー・マクミランが呟いたが、時計を見たスーザンにやんわりと否定される。



「じゃあ、どうして速度が落ちるんだ?」


「知らないわよ」



 ベティが噛みつくように言ったとき、汽車がガクンと止まった。ハンナが悲鳴を上げて席から転げ落ちそうになったが、アーニーが支えたので事なきを得た。そのあとすぐに、なんの前触れもなく、明かりが一斉に消え、辺りが急に真っ暗闇になった。


 ハンナがまたもや悲鳴を上げ、アーニーとベティが困惑した声を出し、ジャスティンとスーザンが息を呑む。リンは手早く掌に灯りを出した。



「 ――― 静かに」



 ぼんやりした白い灯りが、リンの掌を離れて宙に浮かび、コンパートメントの中を照らす。リンはじっと通路の方を見つめた。リンの肩へとよじ登ったスイが、音もなく震えているのが分かる……リンは目を細めた。


 杖を手にしてリンが立ち上がったとき、通路の方で誰かが引き攣れた悲鳴を上げた。直後、その誰かが倒れ込み、どこかのドアをバンバンと叩く気配を感じ、リンは、灯りをもう一つ掌に灯〔とも〕しながら、勢いよくドアを開けた。



 ぞっとするような冷気が、真っ暗な通路に満ちていた。その冷気がコンパートメントの中へ入ってきて、友人たちが震えるのが見えた。リンも僅かに震える。明らかに、ただの冷気ではない。皮膚の下に深く潜り込んでくるような寒気だ……。


 ぐっと唇を引き結んで、リンは通路へと足を踏み出した。掌から離れた灯りが照らし出した影に、リンは息を呑んだ。



 そこにいたのは、マントを着た、天井までも届きそうな黒い影だった。後ろ姿に近い角度だから顔はよく分からないが ――― 顔はすっぽりと頭巾で覆われているようなので、きっと正面から見ていても何も見えなかっただろうが ――― マントから突き出している手は恐ろしいものだった。灰白色に冷たく光り、かさぶたに覆われた、水中で腐敗した死体のような手……。



 目の前に立っている“それ”が何か、リンは一瞬で理解して、思わず後退った。頭の中で警鐘が鳴り響く。スイの声にならない悲鳴が、リンの耳の中に反響する。


 “それ”は、ガラガラと音を立てて、ゆっくりと長く息を吸い込んだ。空気以外の何かが吸われていく感覚に、眩暈がした。



→ (4)


[*back] | [go#]