ダイアゴン横丁にて (1)



 カチャン、金属同士が触れ合う音が、広い室内に響いた。


 ビーカーから瓶の中へと移された金茶色の魔法薬からは、薬自体の色とは不釣り合いな黒い煙が立ち昇っている。凛は、それをしげしげと眺めた。


 もう何度目かの調合だが、何度見ても不思議な薬だ。色の釣り合いもそうだが、材料の組み合わせも、いままで見たことのない取り合わせだ。なにより、何の薬なのか、未だに分からない。夏芽は何も告げてはくれなかった。


 興味はあるが、下手に質問をして夏芽の機嫌を損ねるようなことは避けたい。そんなリスクを冒してまで知りたいわけではない。ということで、凛は、何も言わず、薬の入った瓶をテーブルの上にそっと置いた。



「詰め終わったのか」


「え……あ、はい」



 背後から声をかけられて内心驚いた凛だったが、あまり表情と声音には出なかった。まあ感情が外に表れたところで、夏芽が気を遣ってくれるわけでもないのだが。



「じゃあ、いつも通りに」


「はい」


「これで最後だ。……今日からしばらく留守にする」


「え……あ、はい」



 凛の返事を聞くか聞かないか、夏芽は実験室を出ていった。残された凛は、夏芽が出ていったドアをしばらく見つめ、頭の中で母の言葉を反芻する。


 これで最後。彼女はそう言った。今日が「最後」なのは分かったが、何が「最後」なのかは分からない。薬の調合法の指導のことだろうか? それとも薬を調合すること自体? もしかして、二人が顔を合わせることが? いや、それはない……はず、と、凛は頭を振る。


 夏芽は肝心なところを言わないことが多々あるので困る。溜め息をついたあと、とりあえず夏芽の指示通り薬を依頼人に送ろうと、凛は瓶を手に取った。


 用意していた箱に、瓶を慎重に入れ、読み終わった「日刊予言者新聞」を適当に破って丸めたものを緩衝材代わりに隙間に詰め込む。蓋をした箱を適当な包装紙で包み、宛名を書いたラベルを貼る。


 ここまで流れ作業で行い、凛は一息ついた。あとはこの箱をテレポートで「漏れ鍋」まで転送し、そこからフクロウに届けてもらえば完璧だ。二度手間で面倒なことこの上ないが、仕方ない。こういうとき、日本に住んでいるって不便だなぁと思う。


 ふぅ……と長く息を吐いて、凛は、ラベルに書かれた名前を見、指先でそっとなぞる。この人の名前はそろそろ書き慣れてきた。今回で五、六回目くらいだろう。先月の今頃に三回薬を送ったし、今月も同じように送った。月に一度、約三十日周期で薬を必要とするらしい彼は、いったいどんな病気を持っているのだろう?


 ふと疑問に思った凛だったが、すぐに思考を止める。いくら考えても所詮は推測だ。それより早く薬を発送しようと、凛は箱を持って実験室を出ていった。



→ (2)


[*back] | [go#]