ダイアゴン横丁にて (2)



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「………はい?」



 新学期が始まる三日前、教材を買うためにダイアゴン横丁を訪れたリンは、まず先にと立ち寄ったグリンゴッツのカウンターにて、小鬼を前に呆然とした。


 肩に乗っているスイも、ポカンと口を開けている。いま小鬼に言われたことが理解できなかったのだ。先に我を取り戻したリンが、小鬼に質問した。



「……あの、いま、なんて?」


「六六六番金庫が新しくあなたのものになっております」


「……なぜ?」



 その一言に尽きた。リンがもともと所持していた金庫は一つだけだ。預金額が増えたわけでもないのに、なぜ増えるのだろう? なにか思い当たる節はないかと記憶を辿るリンに、小鬼は淡々と言った。



「遺産相続の手配を受理いたしましたので」



 一瞬、リンは呼吸を忘れた。最近に亡くなった人で、自分に遺産を遺すような人は、一人しか思い当たらない。リンの脳裏に、不器用に笑う青白い顔が浮かんだ。



「……あの、その金庫の、前の所有者って、」


「その質問にお答えすることは、我々の職務ではありません」



 震えるリンの言葉を遮って、小鬼はピシャリと言った。リンは、それ以上追及しようとはせず、黙って小鬼から新しい金庫の鍵を受け取り、そして自分の金庫への案内を頼んだ。


 小鬼が別の小鬼に指示を出す中、じっと手の中にある鍵を見つめるリンの頬を、スイが優しく撫でた。





 グリンゴッツの金庫から貯金を下ろしたあと、リンは買い物を始めた。

 制服を新調し、薬問屋で「魔法薬学」の材料を補充し、羽根ペンとインク、羊皮紙を買い足し、それから教科書を買った。


 書店での買い物が一番苦労した。新しく取る科目が多いので、用意する教科書も必然的に増えたのだ。量も問題だったが、本自体にも問題があるものがあった ――― 例えば「怪物的な怪物の本」とか。


 いったいどうやって読むのだろう? と首を傾げつつ、リンは、疲れ果てている店主に礼を言って書店を出た。


 まだ何か買うものがあるか、歩きながら考え込んでいると、誰かに大きな声で名前を呼ばれた。



「リン! おーい、リン!」


「……ハリー?」



 振り返ると、リンの学友の一人であるハリー・ポッターの姿が見えた。フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラーのテラスに座って、満面の笑みを浮かべ、リンに向かって千切れんばかりに手を振っている。



「新学期の買い物?」



 リンが傍に行くと、ハリーが弾んだ声で聞いた。頷くリンに、ハリーは、荷物を置いて座るように促す。リンは彼の向かいに腰を下ろし、スイはテーブルの上に乗った。



→ (3)


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