飛行訓練 .1



「リンは、箒に乗ったことある?」


 そう尋ねてきた金髪の少女に、リン・ヨシノは簡潔にこう返した。


「いや、ないよ」


 不意の沈黙が訪れた。


 みんな「あり得ない」と言いたげな顔をしていた。質問をしてきたハンナ・アボットも、スーザン・ボーンズ、ベティ・アイビス、アーニー・マクミランも、会話を打ち切って、呆然とリンを見つめる。


 ただ一人、ジャスティン・フィンチ-フレッチリーだけは目を輝かせた。


「それじゃあ、リン、僕たち同じ境遇にあるわけですね!」


「うん? ああ……そうなるね」


「初心者同士、一緒に頑張りましょう!」


「うん……まあ、ほどほどに」


 意外な共通点を見つけたからか、ジャスティンの声は弾んでいた。嬉しそうに頬を緩める彼にリンがとりあえず頷いたとき、バァン!! と誰かがテーブルを叩いた ――― ベティだ。


「魔法族出身のくせに、なんで箒に乗ったことないのよ ――― っ??!」


 ベティの絶叫が、大広間中に響いた。


「うるさいよ、ベティ。今は食事中だよ? 特に朝食は静かに食べるものでしょう」


「誰のせいで叫ぶ羽目になったと思ってんのよ!」


「誰のせいでもないでしょう、君が勝手に叫んだのだから」


 さらりと返して、リンは紅茶を口に含んだ。それにますますベティが激昂するのだが、そこはスーザンとアーニーが抑えた。ハンナは相変わらずハラハラと見ているだけだし、ジャスティンは、むしろ咎めるような目でベティを見た。


「リンの言う通りです。うるさいですよ、ベティ。公衆の面前で……はしたない」


「黙れこのカール頭」


「君こそ黙ってくれないか、この外跳ねボサボサ頭。女子としてその髪はやばいよ」


 失笑してベティを見下ろしながら(単なる身長差)毒を吐く、リン・ヨシノを尊敬(崇拝?)してやまないジャスティン・フィンチ-フレッチリー。愛しのリンがバターへと手を伸ばしたところで ――― つまり彼女の意識が逸れた隙に ――― 腹黒さを垣間見せる辺り、さすがである。


 キレ気味のベティを抑えているスーザンとアーニーは、そう思った。が、すぐにハッと我に返る。そんな感心している場合ではない。


「ええと、そう、リン? 今まで箒に乗ったことがないって、本当?」


「どうして乗らなかったんだい?」


 険悪な雰囲気を変えようと、二人が、リンを振り返って聞いた。バターをトーストに塗っていたリンは、手を止めて首を傾げた。


→ (2)


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