悲惨なバレンタインデー(3)



 とにかく、そうと決まったら朝食だと、リンたちは(いつもは前の方に座るのだが、今日は遠慮して)扉付近の席に着いた。

 ちょうどそこで、ロックハートが「バレンタインおめでとう!」と叫んだ。ベティは、ソーセージ目掛けて思い切りフォークを振りかぶった。



「いままでのところ、四十六人の皆さんが私にカードをくださいました。ありがとう!」



 ベティが、フォークを刺しそこなった。ソーセージが飛び上がって、アーニーのオレンジジュースの中に突っ込む。

 プカプカ、黄色い液体の中に、脂の塊が浮いている……なんとも悲惨なドリンクが出来上がってしまった。


 スーザンがベティを窘〔たしな〕めつつ宥め、硬直したアーニーをハンナが気遣う声を聞きながら、リンは無言で紅茶を飲んだ。


 そのとき、玄関ホールに続くドアから、無愛想な顔をした小人が十二人、ぞろぞろ入ってきた。それもただの小人ではない。ロックハートが、全員に金色の翼をつけ、ハープを持たせていた。



「なにあれ……なんだか不気味だわ」


「ロックハートって、いいセンスしてるよね」


「ええ、まさに天才的すぎて、アタシらには理解できないわ」



 ハンナが頬を引き攣らせる。アップルジュースを新しくアーニーに用意してやりながら、リンが無表情に言った。

 力強く賛同したベティは、コーンフレークの皿に勢いよく牛乳を注ぎ込み、その飛沫でテーブルに水玉模様をつけた。




 ロックハートの迷惑な思い付きは、授業にまで弊害をもたらしてくれた。


 彼の「愛すべき配達キューピッド」たちは、一日中、教室に乱入してはバレンタイン・カードを配って、先生方をうんざりさせた。


 リンに至っては、少なくとも十枚はカードを持っている小人たちが、毎時間一人はやってきた。

 受講を盛大に邪魔されて、リンは不機嫌だった。カードの量にも苛立ったが、せめて一度にまとめて来いと思った。



「カード自体は悪くないでしょう? それだけ、リンが多くの人に好かれてるってことなんだから」



 またもや小人からカードを配達され、無口無表情になったリンに、ハンナが慌てて元気づけるように言った。実は、リンにカードを贈った一人であったりする。



「つまり、みんな善意で贈ってるのよ。あなたを困らせようとか、そういうことは、本当に、まったくないの」


「心配しなくても、ハンナ、私が君のカードを疎ましく思うようなことは、まったくないよ」



 リンがちょっとだけ微笑むと、ハンナは「私、別にそんなこと気にしてないし、リンのことを疑ってもいないわ」と言ったが、顔が真っ赤だったし、慌てて開いた教科書が上下逆さまだった。




 ドタバタしてはいたが、とりあえずは問題なく一日の授業が終わった。リンは即行で寮へと帰り(ハンナたちは置いてけぼりを食らった)一歩たりとも外出しなかった。さすがの小人も、談話室までは入ってこなかった。


 リンは夕食を抜かすつもりだったが、スーザンに叱られ、渋々と大広間に向かった。ハンナたちに取り囲まれるように歩いたため、他の生徒から視線を受けたが、仕方ないと諦めた。



「お待ちを! リン・ヨシノ、あなたにです!」



 無事に大広間に入ったところで、リンに声がかけられた。リンは全速力で逃げようとしたが、その前に数人の小人が立ちはだかった。

 ここまでするかと、やむなく立ち止まったリンは呆れた。ベティが同情の視線を送ってくる。



→ (4)


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