悲惨なバレンタインデー(2)



 ロックハートの言う「気分盛り上げ」がいったい何なのか、二月十四日の朝食時に明らかになった。


 低血圧で寝起きのよろしくないベティを叩き起こして、五人一緒に大広間に入ったリンは、一瞬、部屋を間違えたと思った。でなければ、まだ寝ぼけているか、幻覚を見ているか、どちらかだ。


 壁という壁が、けばけばしいピンクの大きな花で覆われ、おまけに、淡いブルーの天井からは、ハート型の紙吹雪が舞っていた。

 大広間にいる男子生徒は、みんな無表情もしくは吐き気を催しそうな顔をしていて、一部の女子生徒が、クスクス笑いをしている。



「………なに、これ?」


「趣味、最悪」



 ハンナが呆然と呟き、ベティが呻いた。さすがのアーニーとスーザンも固まっている。リンが真っ先に原因に気づいた。



「………ロックハートだ」



 うんざりした顔で、リンは教員テーブルを指差した。そこには、部屋の飾りにマッチした、けばけばしいピンク色のローブを着たロックハートがいて、機嫌良く笑顔を振り撒いていた。

 他の教員たちは、みんな「石化呪文」でもかけられたかのように、無表情のまま動かない。



「アタシ気分が悪くなったから医務室行くわ」



 ベティが即行で踵〔きびす〕を返したが、スーザンとアーニーが、彼女のローブを掴んで引き止めた。



「落ち着くんだ、ベティ。いまここを出ていったら、君に対する心象が悪くなる!」


「アイツからの心象よりアタシの心の平安の方が大事よ!」


「落ち着いて! 朝食を抜かしたら後が辛いわ!」


「いいから離して! 関わり合いたくない!」


「見てごらんよ、ハンナ。あのフリットウィックが無表情だ。これは滅多に見られるものじゃないよ」


「そんなことより、リン、ベティを止めて」



 一人変なところに感心しているリンに、珍しくハンナが真顔で言った。

 パチパチ瞬いたあと、リンは、この場から消えたいとわめいているベティを見、ふうと溜め息をついた。



「あのさ、ベティ。君の気持ちは痛いほど、痛みのあまり失神しそうなほど、よく分かるけど、ここは平静を装って我慢してここにいた方がいいと思う」


「なんでよ」



 アーニーとスーザンに取り押さえられている状態で、ベティが短気に突っかかった。リンは、顔を彼女に近づけて、真剣な表情で言った。



「医務室になんか行ってみろ……『せっかくのバレンタインデーに病気とは、なんてアンラッキーな人でしょう! ここは私が励ましてあげなければ!』……とか云々言って、奴が直々に見舞いに来るぞ」


「残るわ」



 ベティが即行で判断を下した。そこまで嫌なのか……というツッコミが、扉付近の席に座っている生徒たちの間で囁かれたが、彼らは知る由もない。



→ (3)


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