悲惨なバレンタインデー(1)



 淡い陽光がホグワーツを照らす季節が、再び巡ってきた。

 ジャスティン・フィンチ‐フレッチリーと「ほとんど首無しニック」、スイの事件以来、誰も襲われていなかったので、城の中には、僅かに明るいムードが漂い始めていた。


 そんな折、マンドレイクが情緒不安定で隠し事をするようになったと、マダム・ポンフリーが嬉しそうに報告した。急速に思春期に入るところだというわけだ。



「フィルチさんにも言ったのですけどね、マンドレイクが成熟するまで、もうそんなに時間はかかりません。スイはもうすぐ戻ってきますよ」



 マダム・ポンフリーが、たまたま廊下ですれ違ったリンに、優しい声音で言ってくれた。リンは何も言えずに、ただ曖昧に笑い返して、足早にその場を離れた。



 みんな気遣ってくれている……リンは肌で感じていた。

 マダム・ポンフリーだけではない。ジンも、たまにしか会えないが、会ったときは励ましてくれる。ハグリッドやスプラウト、フリットウィックやマクゴナガルまでもが、リンを見かけると声をかけてくれる。いい人たちだと思う。

 だけど誰も ――― ジン以外、リンの心の奥底を分かってはいない。リンが本当に心配し、恐れていることが何か知らない。


 そう考えると、リンはいつも、心に穴でも開いた気持ちになる。そして母と、顔も名前も知らない父に会いたくなるのだった。




 リンとは正反対に、ロックハートは陽気なものだった。どうも、自分が襲撃事件をやめさせたと考えているらしい。

 ハッフルパフ生が、変身術の教室から列になって出ていく最中に(外では、グリフィンドール生が、教室が空くのを待っていた)ロックハートがマクゴナガルにそう言っているのを、リンたちは小耳に挟んだ。



「ミネルバ、もう厄介なことはないと思いますよ」



 ロックハートは、訳知り顔で、トントンと自分の鼻を叩き、ウインクした。リンの横で、ベティが吐く真似をした。

 マクゴナガルを見ると、ロックハートこそがいま一番の厄介事だという表情をしていた。その顔の前で、つらつら話を続けるロックハートは馬鹿だと、リンは思った。



「……そう、いま学校に必要なのは、気分を盛り上げることですよ。先学期の嫌な思い出を一掃しましょう! いまはこれ以上申し上げませんが、私には、まさにこれだという考えがあるんですよ」



 もう一度鼻を叩いて、ロックハートはスタスタ歩き去る。その姿がまだ見えているのに、マクゴナガルがフンと大きく鼻を鳴らしたので、リンは少し驚いた。

 同僚への嫌悪感などは完璧に隠す人だと思っていたのだが、そうも言っていられないらしい。


 心の中でマクゴナガルへの労わりを述べているリンの横で、ハンナが、ロックハートの後ろ姿を見つめたまま、首を傾げた。



「ロックハート先生、いったい何をするおつもりなのかしら?」


「さあ……ろくでもないことじゃなければいいけど」


「そりゃあ、盛大に期待しておいた方がいいでしょうね」



 そわそわと不安そうなアーニーに、ベティがイライラと言った。リンは、次の授業に遅れるからと、四人を急かした。



→ (2)


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