「嘆きのマートル」の物語(4)



 マートルが不機嫌そうな顔に戻り、天井の方へと浮上した。リンは肩を竦める。



「楽しいお喋りの時間を邪魔してくれて、どうもありがとう」


「アンタが楽しんでる間に、ハンナが『リンが戻ってこないわ! ひょっとして襲われたんじゃないかしら!』って半狂乱になってんのよ、このバカ!」



 楽しい? 冗談でしょ! という顔をしたベティに笑う暇もなく、リンは、溜め息をつかざるを得なかった。マジか、と目で尋ねると、大マジ、という視線が返ってくる。



「いま、スーザンとアーニーが必死に宥めてるけど、これ以上騒ぎ立てたら、先生方まで出てくるわよ」


「ほかの生徒が騒ぎ出さないようで嬉しいよ」


「ええ、安心してちょうだい。もう十分に騒いでくれてるから、新しくは出てこないわ」



 リンは天を仰いで、再び深々と溜め息をついた。なんとも面倒なことになった……ちょっと失敗したか、と反省する。今度はもっと上手く抜け出そう。



「……あー……じゃあ、ごめんマートル。また今度」


「ええ……今度は一人で来てちょうだい」



 一瞬ベティと睨み合ったあと、マートルは、お気に入りの個室へと帰っていく。水音を聞きながら、リンは、大層ご立腹のベティとトイレをあとにした。



「なんで、わざわざ嘘ついてまであそこに行くわけ?」


「嘘? そんなものついてないよ。あそこだって『お手洗い』だし」


「アンッタねえ!」


「そうだ、ベティ、みんなに伝えてくれる? トイレに流すべきでないものを、流そうとしないでくれって」



 寮の入口である樽山の前で、リンは言った。は? と呆然とするベティを置いて、リンは、目当ての樽の底を二回叩き、騒がしい談話室へと入っていった。




****
 マートルとは意外と仲がいい方。
 なかなかひどい印象を持ってるけど、表には出さないから、仲良くいられる。というか、気に入られている。
 でも、リンだって、けっして、きらいなわけではないんだ。



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