9と3/4番線からの旅(1) 紅色の蒸気機関車を見て、スイは歓声を上げた。猿特有の甲高い声を耳元で発されたリンは一瞬不快そうに眉を顰めたが、何も言わなかった。 「……大丈夫か?」 不意に、隣に立っていた少年がリンに声をかけた。リンは顔を上げて小さく頷く。彼は「そうか」と言って視線を彼女から外す。その目が誰かを探しているように見えたので、リンは彼に声をかけた。 「ジン兄さん、私はもう大丈夫ですから、友人のところへ行ったらいかがですか?」 彼はリンを見た。何か言いたげだったが、何も言わず、リンの言葉に頷いて踵を返し、人混みの中へと消えていった。 祖父と伯父の言いつけでここまで自分に付き添ってくれた従兄の背中を見送ったあと、リンはスイがちゃんと肩に乗っているか確認して、ホームを歩いて空いている席を探し始めた。 「……ここでいいかな……」 「リンがよければ、いいと思うよ」 後ろ寄りの車両に空いているコンパートメントの席を見つけて、リンは列車の戸口に近づいた。スイが先に入り、席を確保する。 リンは、階段からトランクを押し上げようとしたが途中でやめた。どう考えても、彼女一人では無理だ。 溜め息をついて、ちらりと周りを見回す。みんな家族と挨拶を交わすのに忙しく、誰もリンに気を留めていない。リンはトランクの上に右手を翳〔かざ〕した。すると、トランクがふわりと浮き上がった。 無事トランクを列車に運び入れたところで、リンの耳に「うわぁ………」と感嘆する声が聞こえた。 リンが振り向くと、丸顔の男の子が、キラキラと目を輝かせてリンを見ていた。リンと目が合った途端、彼は罰が悪いとでも感じたのか、少し顔を赤らめた。だが去りはせず、むしろ興奮した様子で近づいてきた。 「ねえ、今のって、魔法?」 「え……あ、まあ、そんな感じ」 見られたか、うーん、面倒くさいなぁ。そう思いながら、リンは曖昧に返事をした。本当は魔法じゃなくて超能力だよ、なんて言うわけにはいかないからだ。だが、彼女の答えは余計に少年を興奮させたようだった。 「本当に? すごいや! 杖なしで魔法を上手に使えるなんて! 僕なんか、杖を使っても全然だめなのに」 「コツさえ掴めば、きっと上手くできるよ、たぶん」 適当にリンが返したとき、「ネビル!」という声がして、少年が飛び上がった。一瞬で顔の色が赤から青、それから土気色に変わる。信号機みたいだと、リンは場違いなことを思った。 → (2) |