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 医務室の中には、相変わらずの恐ろしい静寂が満ちていた。窓の外から響いてくる雷鳴と、雨風が窓を打つ音、項垂れたジンがヒューヒューと喉の奥で息をする音だけが、聞こえていた。

 ハリーはなにも言えなかった。半ば呆然としていた。一度にいろいろなことを聞きすぎて、上手く情報処理ができない。ふとロンを見ると、ポカンと口を開けてジンを見ていた。ハリーと同じように、ロンもジンが言ったことを整理できていないらしい。

 自分以上に間抜けな面を晒しているロンに少し冷静さを取り戻して、ハリーはじっくり考えた。

 ジンは一時期リンを嫌っていたことがあって、それで悪戯しようとした結果、想定したより事態が大きくなって、リンが雷に撃たれて死にかけ、挙句にミセス・ヨシノがリンに対してもジンに対してもひどいことを言った。まとめるとこういうことだろうか。

 それでなんと反応をすればいいのだろうか? この場合、ジンになんと言えばいいのだろうか? うんうんとハリーが唸って考えていると、ハーマイオニーが口を開いた。

「ねえ……あの、ジン? あなたが気に病むことじゃないわ」

 チラチラとジンを窺いながら、ハーマイオニーは言った。ジンは項垂れたまま反応を返さない。

「だって、あなた、リンを傷つけたかったわけじゃないんでしょう? ただ脅かすだけのつもりで、それが変な方向になって、」

 ハリーは突然ハーマイオニーの腕を掴んだ。これは逆効果だと直感で思ったのだ。振り返ったハーマイオニーにハリーが首を振ったので、彼女は殊勝に口を閉じた。そしてまた沈黙が訪れることになった。

 今度の沈黙を破ったのは、エドガーだった。

「なあ、ジン? おまえ結局、リンに謝ったのか?」

 びくりと肩を跳ねさせたあと、ジンは静かに首を振った。

「………謝るタイミングを、逃してしまって」

「……さっさと謝らねぇと、どんどんこじれてくぞ」

 いいのかと心配そうに言うエドガーに、スイが頷くのが見えた。尻尾が揺れている。ジンは自嘲気味に笑った。

「謝ったら、リンにつらいことを思い出させてしまう。それにたぶん、リンは俺を許してしまう……リンはそういう人間だから。だからダメだ。俺の罪は、許されるべきじゃないから」

「……それはどうかな」

 それまで黙っていたセドリックが、強い口調で言った。ギッと、ジンがセドリックを睨む。その眼光の激しさに、ハリーは驚いた。ロンとハーマイオニーは一歩後ろに下がったし、エドガーは頬を引き攣らせ、スイは毛を逆立てた。

 突き刺さるような視線を受けたセドリックは、しかし一瞬たりとも怯む様子を見せず、顎を引いて真っ向からジンを見据えた。

「つらいことを思い出させてしまうとか、許されるべきじゃないとか、そういう問題じゃないと思う。それ以前に、なぜ君がそんなことをしたのかを、リンは知りたがっていると思う」

「それは、さして重要なことじゃない」

「 ――― 君は馬鹿か! 妙に格好つけるのもいい加減にしろ!!」

 淡々と返したジンに、セドリックが怒鳴った。ハーマイオニーが肩を跳ねさせる。ロンは驚きをそっくり顔で表現していて、スイもそうだった。エドガーは興味深そうに同級生二人を見た。

「リンは知らない! 君が馬鹿だったことも、君の行動の真意も、君がいま、どれだけ後悔していて、どれだけ重い罪の意識を抱えているかも! リンはなにも分かってない! 分からせてもらえていないんだ!」

 セドリックがこんなに叫ぶのを、エドガーは初めて見た。エドガーの知っているセドリック・ディゴリーは、物静かで温厚で思慮深くて、あまり誰かと衝突することがない奴だ。それがこれだけ豹変するとは……ジンといい、セドリックといい、知り合って五年目にしてなかなか驚かせてくれる。

「リンは絶対に誤解している! リンは、君が彼女を殺したいくらいに嫌っているか憎んでいるかしていると思ってるはずだ! それくらい、彼女の性格を考えれば分かるだろう……!」

 鋭い眼光がジンの目から消えた。セドリックの言葉に胸を突き刺されたからかもしれないし、むしろ、白くて細い指が彼の手に触れたからかもしれなかった。ハーマイオニーがハッと息を呑んだ。

「リン……っ!」

 みんな驚いて一斉にリンを凝視した。血の気の失せた顔をしていたが、目を開けて、力の入らない腕を必死に動かして、従兄を見つめて、彼の手に触れていた。そうしてふと力なく微笑んだリンを見つめ返すジンの目が揺れているのを、ハリーは見た。

「……賑やかすぎて、起きちゃいました」

 少し前までの医務室に流れていた空気が「賑やか」と言えるものとは、ハリーには到底思えなかったが、殊勝に黙っていた。ロンは素直に口に出そうとしていたが、ハーマイオニーの脅すような目つき(驚くほどウィーズリー夫人にそっくりだった)に会って口を閉じた。

「……お話、三分の二くらい聞いてしまいました」

 ジンの顔色がリンに負けないくらいに青くなった。気まずい沈黙が流れ、誰も動かなかった。ただ、スイが尻尾を一回だけ振った。

「………いまも嫌われてるのかと、ずっと思ってた」

 やはりリンが沈黙を破った。ともすれば泣きそうな顔をするリンに、ジンが目を見開いた。

「“あれ”以来、傍に寄ってきてくれることが、本当に少なくなったから」

「ちがうっ……もう合わせる顔がないと思って……それで……」

「……話しかけてきても事務的だったから、祖父様とか伯父上の言いつけがないと、もう接してもくれないのか、って思ってた」

「それはっ、うっかり不用意なことを言って傷つけないようにと、自分を保つので精一杯で……っ、リンのほうこそ、近寄ってこないじゃないか」

「……むやみやたらと近寄られたくはないだろうと思って」

「俺が必死に話しかけても、味気無い返答で、すぐ会話を切り上げようとするし」

「……嫌いな人間と話を続けるのは、兄さんにとって苦痛かと思って」

「おかげで、どう接したらいいのか悩みすぎて、どんどん話しかけられなくなって……」

「君ら、すれちがいすぎだろ」

 ポロリと漏らしたロンの頭を、ハーマイオニーが叩いた。強烈な一撃に、ロンが頭を押さえて呻いた。エドガーが不謹慎にも笑ったので、セドリックが彼の足を踏んづける。

 ハリーは、リンが目を細めて頬を緩めてジンに微笑むのを見た。

「……気分は最悪だけど……嫌われてないって知れて、すごく嬉しいです」

 つらいのに、話してくれてありがとう。

 今度はジンが泣きそうな顔をした。リンの手を両手で包み込み、それを額に当てる。雨風の音に紛れて彼の嗚咽が漏れているのを、ハリーは聞いたような気がした。泣いているのであろうジンを見つめるリンが、安堵したように笑って目を閉じる。

 すん、と鼻をすする音が、ハリーのすぐ近くでした。見ると、ハーマイオニーが袖口で目元を拭っていた。感極まっているらしい。ハリーと同じようにそれを目にしたロンがギョッとしたあと、ぎこちなくハーマイオニーの肩をポンポンと叩いた。

 セドリックとエドガーが無言で、静かに歩き出し、リンのベッドから離れる。

「邪魔しちゃ悪ぃからな」

 声には出さずに唇の形だけで言って、エドガーはなるべく音を立てずにカーテンを閉め、セドリックと共にハリーたちに軽く挨拶して、医務室を出て行った。ロンとハーマイオニーも続いた。

 残されたハリーは静かにベッドに横たわり、柔らかい表情で目を閉じた。

3-12. 雷の記憶

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むりやりまとめた感が否めない
とりあえず、苦悩するジンとイケメンなセドリックが書けて満足
厨二チックな過去話でごめんなさい

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