ハリーとリンは、少なくとも週末いっぱいは病棟で安静にしているべきである ――― マダム・ポンフリーはそう言い張った。かなりの拘束時間であったが、二人とも抵抗せず、文句も言わなかった。

 二人の見舞客が次々やってきた。

 ハリーのところに来る人々は、みんなハリーを慰めようと一生懸命だった。いったいどうしたのかとリンは疑問に思ったが、決してハリー本人には聞かなかった。

 彼の身に何が起こったのかは、ハグリッドがハリーと話している間に、リンのベッドを訪れたハーマイオニーが説明してくれた。ハリーの箒が「暴れ柳」にぶつかり、粉砕されてしまったとのことだった。

 なんとも不運なことだと、リンは思った。リンの箒はフィールドにできた泥海の中に沈没していた程度で、ドロドロの状態ではあったが、洗って乾かせば済むものだった。しかし彼の箒は、もうどうにもならないだろう……リンはハリーを気の毒に思った。

 ハーマイオニーは、そのあと二言三言リンと話をして、蛙チョコレートをリンのベッドの脇の机に置き、静かに去っていった。蛙チョコレートはアーニーとジャスティンからも大量にもらっていたのだが……という気持ちは、リンの胸の奥深くに仕舞い込まれた。

 彼女と入れ違いで来たハグリッドは、ピンク色のキャベツのような形をした花をくれた。ハリーのベッドサイドを見ると、似たような花があった。ただし、あちらの色は黄色で、花にくっついている虫の量も、花自体の量も、ハリーの方が遥かに多かった。

 ハグリッドからの花を、リンは、ノットから手渡された花束を活けてある花瓶の横に置いた。鉢植え植物を見舞い品として持ってくるのは、常識的に果たしてどうなのか……。気になったが、西洋人と日本人は感覚が違うのだろうと結論づけた。

 ジニー・ウィーズリーとコリン・クリービーは、ほぼ同時にやってきて、ジニーはお手製の「早くよくなってね」カードを、コリンは自身を写した写真を贈ってくれた。カードは少しでも開いているとむわっとした花の香りが漂ってくるし、写真の中のコリンは嫌という程アップで手を振ってくるので、リンとしては正直どっちも鬱陶しかった。言わないが。



 日曜の昼には、ハッフルパフのクィディッチ選手たちが見舞いにきた。

 エドガーは「ザカリアス・スミスが『次の試合では、絶対に箒から落ちない自分がリンに代わってプレイする』って言ってて、説得しようとしてもまるで聞かねぇんだけど」と気まずそうに、半ば辟易した様子で言った。

 リンは、自分はべつに構わないと答えた。もともといまの状態でクィディッチの練習に身が入る気はしていなかったのだ。こんな自分より、熱意のある人がプレイした方がいい。


 それにしても、試合の途中で見た大きな黒い犬……あれは死神犬だったのだろうか? 見舞客の足が途絶えたときに、リンは、医務室の天井を見上げながら考えた。気のせいではないかという思いが頭の片隅にあるが、確かに見たという確信もあった。

(……野良犬が、ホグズミードとかから入ってきた、とか?)

 いや、迷い込んだにしては、やけに落ち着き払っていた。そもそも野良犬が、雷雨のなかフラフラ学校までやってきて、競技場のスタンドの一番上の席まで上がるものか? あり得そうにないと、リンは判断した。

 ほかにいろいろ可能性を考えるが、どれもイマイチなものだった。しばらくして、リンは思考を放棄し、死神犬を頭のなかから追いやった。そして残ったものが、吸魂鬼だった。リンの気分が一気に沈み込む。

 できれば“あれら”には近寄りたくない。しかし、それはどうしようもない。こちらが意図せずとも“あれら”は近くに来る。そしてその度に“あれ”を思い出して参っているのでは、話にならない。周りに迷惑がかかるだけだ。

 何かしらの対策を講じなければならない。……いざとなったら、前のように超能力でも使うか? そこまで考えたところで、リンは睡魔に襲われ、目を閉じた。


**

 月曜になって、リンは学校の喧騒の中に戻った。

 校内に漂う雰囲気は多種多様だった。

 グリフィンドールの生徒はだいぶ落ち込んでいたし、スリザリンの生徒は有頂天だった。レイブンクローの生徒は、次のクィディッチの試合では何が起こるかと冷や冷やしていたし、先生方の大半は、構内に侵入して生徒を二人も襲った吸魂鬼に対する怒りを、身体いっぱいに抱えていた。

 ハッフルパフ生たちはリンに関して神経過敏になっていた。どうやら、リンが箒から落ちたのはやはり死神犬に取り憑かれているからだと判断したらしい。

 おかげで、リンが何かをする度に ――― たとえそれが、廊下を歩いたり、宿題をしたりすることであったとしても、さりげなくリンを取り巻いて見守るようになった。プライバシーを侵害しない程度の距離は保ってくれたが、それでもリンは辟易した。

「……過保護すぎ……」

「そんだけ愛されてるってことでしょ」

 憎いわねぇと笑うベティに若干苛ついて、リンは彼女の右足の小指に狙いを定めて思い切り踏んでやった。ベティは悲鳴を上げる。

「アンタ最近、陰湿になってきてるわよ!」

「君も最近、空気が読めてない発言が増えてきたよ」

「アタシは素直なだけですぅー」

「あ、もう夕食の時間だ」

「おいコラてめぇ無視か!」

 喚くベティの攻撃を軽くかわして、リンは、宿題をしているハンナたちに声をかけた。みんな苦戦していたようで、宿題を中断する口実を得て嬉しそうだった。


**


「ミス・ヨシノ!」

 夕食を終えて席を立ったところで呼び止められ、リンは動きを止めた。声がしたほうを見ると、スプラウトが小走りでテーブルの間の通路を歩いてくるところだった。はて、なにか用だろうか? 首を傾げるリンの前に来て、スプラウトは言った。

「校長から伝言ですよ。夕食を終えたら校長室に来るようにと」

「……校長が?」

 リンはスプラウトの肩越しに教員テーブルを見た。ダンブルドアの姿は、ない。

「ダンブルドア先生は、もう校長室にお戻りになりました」

 リンの思考を読み取ったらしいスプラウトが言った。リンは納得した。

「分かりました。では、いまから伺います」

「それがいいでしょう……ああ、お待ちなさい、リン。これを」

 スプラウトは、手に持っていたものを、リンの手の中に押し込んだ。不思議に思ったリンが何かを言う前に、リンのほうに一歩近づいて囁いた。

「校長室に入るには合言葉が必要です。いまの合言葉は『それ』です」

 たったいまリンに手渡したものを指差して、スプラウトはリンに微笑みかけ、それから教員テーブルへと戻っていった。残されたリンは、手のなかのものを数秒見つめたあと、ハンナたちを振り返った。

「……申し訳ないけど、先に寮に戻っててくれる? 私、ダンブルドアに呼ばれてる」

「なんで?」

 ハンナとベティが異口同音に聞いた。リンは肩を竦める。

「さぁ? 私が聞きたいよ。それよりスーザン、スイが部屋で寝てるから、起きてたら夕食あげてくれる?」

「いいわよ」

 快く引き受けてくれたスーザンに礼を述べ、リンは、ナプキンに包んだ食料を彼女に託した。ジャスティンが「僕がやるのに」という顔でリンを見つめていたが、リンは気づかない振りをした。

 大広間を出たところでハンナたちと別れて、リンは校長室へ向かった。


 しかし、いざ歩き出したところで、リンは校長室がどこにあるのか質問するのを忘れたことに気づいた。どうしたものかと考えたのも束の間で、リンは、タイミングよく通りかかったレイブンクロー憑きのゴースト「灰色のレディ」に声をかけ、彼女に道を尋ねて済ませた。

 教えてもらった道を歩き、リンは、校長室の入口らしき場所に着いた。


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