*最初の方に、グロ表現があります。苦手な方はご注意ください。*



 そして、彼の願いはたしかに聞き入れられた ――― 彼女が負った大小さまざまな怪我と、彼女以外の者の死を代償にして。

 あの真っ先に駆けていった弟子は、“雷獣”の放った一番威力のある雷から彼女を庇い、直撃を受けて命を落としてしまった。もう一人の弟子が静かに泣きながら、彼女と弟子の片割れを担いで帰ってきた。

 気を失っている彼女は傷だらけの血だらけで、髪や服はところどころ焦げていた。息絶えた弟子のほうも、全身が真っ黒に焦げ、身体を縦半分に分けるかのようにできた裂け目から肉が剥き出しになっていた。彼はそっと目を離した。

 大粒の涙を流しながら彼女の応急処置をした弟子が家に連絡をしてすぐ、家の者たちが急いで彼らを迎えにきた。彼女は医師たちに手早く治療され、弟子の遺体はほかの弟子たちが運び出した。彼は父親に平手打ちを二度食らい、怒声を浴びた。

 父親はかつてないほどに怖い顔をしていた。彼は泣きながら、ただただ叱責を受け入れ、謝った。言い訳はしなかった。自分に非があるときは決して言い訳をしてはいけないと、きつく教えられてきたからだ。

 だから彼はなにも言わず、ただひたすら父親に謝った。――― 本当に謝罪しなければならない相手がほかに二人いると、そしてそのうちの一人には自分の声はもう届きはしないと、ちゃんと分かっていた。



 謝罪しなければならない相手二人のうち、自分の声を伝えられるほうは、その事件から五日後に意識を取り戻した。

 彼がいつものように彼女が療養している部屋へと忍び込んだとき、彼女は目を開けていた。タイミングが良いのか悪いのか、誰にも気づかれなかったようだった。

 彼女は静かにひっそりと、ただ目だけを開けて布団の上に横たわっていた。本当に起きているか彼は心配になったが、瞬きをしていたので大丈夫だろうと判断した。いつもと変わらず、ちらほらと包帯やガーゼ、絆創膏が彼女の肌を覆っていた。

 彼女の肌の色とは少し違う“白”に、彼は罪悪感を刺激され、謝罪しなければという想いに突き動かされるようにして、彼女の傍へ寄った。

 しかし口を開いたところで、彼は止まってしまった。誰かの言い争う声が聞こえてきたからだ。彼女が少しだけ反応を示した。彼は耳を澄ました。声の主は、彼の父親と祖父、それから「あの女」だった。

 彼は唇を噛み締めた。いまさら来たのかという想いが湧き上がった。事件が起こってすぐに知らせたのに ――― 娘が重体だと知らせたのに、「あの女」はすぐには駆けつけなかったのだ。

 父親たちの言い争いの内容も、まさにそれだった。

 いままでなにをしていたのかと厳しい口調で問われ、「あの女」は魔法薬の実験で忙しかったと答えた。わざわざ中断して来てやったんだから感謝してもらいたいと、平然とした声音で言った。

 魔法薬の実験! 娘が生死の境を彷徨っていたというのにか! 祖父が叱責するのが遠くの方で聞こえた。

 彼は彼女を見た。相変わらず、静かにひっそりと布団の上にいた。石のように無表情だったが、石よりずっと脆く見えた。あと少し衝撃を与えられたら壊れてしまいそうに見えた。

 彼女の手が、必死に掛け布団を掴んで震えているのに彼は気づいた。頼むから、もっと奥に移動するか、いっそもう黙ってくれ。どこにいるのか正確には分からない父親たちに、彼は願った。

 だが、今度の願いは聞き入れられなかった。「あの女」は、彼が知り得る限りで最悪の言葉を吐いた。



 雷に撃たれたくらいで死ぬようなら、それまで。それがあいつの運命で、あいつはその程度のもの。それだけのことじゃないか。



 恐ろしく長い沈黙が訪れた。彼も彼女も、彼の父親たちもなにも言わなかった。なにも言えなかった。

 ぱたり。音がした。彼は視線を動かした。彼女の手が掛け布団から滑り落ちて、敷き布団の上に落ちていた。天井に向けられた彼女の目は、なにも映していなかった。

 彼は我慢できなくなって、部屋を飛び出した。ちょうど「あの女」も、二つ隣の部屋からさっさと出てきたところだった。彼は「あの女」に掴みかかった。


 あんなこと、娘に対して言うことじゃない。娘以外にも言うことじゃない。おまえは最低の人間だ。母親のくせに。


 だいたいそんなことを言った彼を無感動に見下ろし、「あの女」は不意に口角を吊り上げた。


 おまえこそ、従兄のくせに、あいつを殺しかけて、あの男を殺したじゃないか。この、人殺し。


 口元を歪〔いびつ〕な形にして嗤った「あの女」に、彼の目の前は真っ暗になった。


→ (3)

****
ナツメさんんんん

- 95 -

[*back] | [go#]