新学期が始まって初めての週末、リンが朝早くに起床すると、珍しくスイがパッチリと起きていたので驚いた。まじまじとスイを見つめたリンは、彼女がなにやら興奮していることに気づく。

「……今日、何かあるの?」

 リンが着替えながら聞くと、スイは信じられないとばかりにリンを見つめてきた。

「何って、今日はクィディッチの選抜だろ?」

「……ああ」

 たしかにそうだとリンは思った。二、三日前にリンは、選抜が土曜日の朝八時から始まると知らされていた。

「でも、まだ六時だよ。こんな時間に起きてたら、君、選抜中に寝ちゃうんじゃない?」

 時計に目をやったリンが言った。スイは自称「低血圧」で、いつもリンが起こすまで寝ているし、寝起きも悪い。そんな彼女が一人で朝早くに起床するとは……今日の選抜は途中で雷雨になるかもしれない。

 リンがちょっと不安になっているのには気づかず、スイは眉を吊り上げた。

「なに言ってんのさ。リンの晴れ舞台だよ? ボクが見逃すわけない。バッチリ目開けて見てるに決まってるだろ」

「晴れ舞台じゃない、ただの選抜だよ」

 性急すぎることをスイに指摘し、リンはパジャマを軽く畳み出す。スイは言い返そうとしたが、スーザンが目を覚ましたので、大人しく口を閉じるほかなくなった。


**


 いつものメンバーで朝食を取ったあと、リンは箒を取りに寮に戻り、そのあとクィディッチ競技場へと向かった。スイが乗っていないほうの肩に箒をもたせ掛けるようにして歩きながら、リンは、隣や後ろを歩く友人たちを振り返る。

「君たちは誰も立候補しなかったの?」

「私、クィディッチは見るほうが好きなの」

「応援に集中したいから」

 ハンナが答え、続いてスーザンも頷く。ベティは眠そうに欠伸した。

「アタシはビーターがやりたかったのよ。けど、ほら、募集してなかったっしょ?」

 残念そうに肩を竦めて、ベティはもう一度欠伸をする。ジャスティンが咎めるような目でベティを見たが、彼がなにか言う前に、アーニーが話し出した。

「僕、飛ぶこと自体は好きなんだけど、箒に乗って、かつボールを奪い合ったり棍棒を振り回したり、選手やボールを避けて小さなものを探したりするのは、その、少し不向きかなと思って」

 ふうと溜め息をついたアーニーを慰めるためか、ジャスティンが彼の肩を軽く叩いた。それを見て、ベティがニヤッと口角を上げる。

「ジャスティンは箒に乗るのが怖いのよね? 初乗りで振り落とされたし」

「そこは否定しないけど、僕が志願しなかった理由はそれじゃない」

 からかわれて怒るかと思いきや、ジャスティンはベティの言葉に頷いた。珍しいと思う反面で、リンは嫌な予感を覚える。視線を向けた先で、ジャスティンは笑みを浮かべた。

「ずっとリンだけを見つめていられるのは、選手じゃなくて観客の方だろう?」

 恍惚としているジャスティン以外の四人全員が、哀れむような目でリンを見た。なんとも言えない表情をするリンの頬を、スイがそっと一撫でした。


**


 シーカー選抜のテストは、あっという間に終わった。

 ハッフルパフのクィディッチ・チームの新しいキャプテンとなったエドガー・ウォルターズは、ブラッジャーを一個とスニッチを競技場に放ち、シーカーを志願した者たちに(リン以外に三人いた)誰が一番にスニッチを捕まえられるか競うよう指示した。

 三回競争をして、三回ともリンが一番にスニッチを見つけて見事に捕まえてみせた。ブラッジャーに攻撃されてできた怪我は一つもなしだった。セドリックは驚嘆の息を吐き、エドガーは結果に大満足していた。

「んじゃ、リンがシーカーってことに異論がある奴、いねぇな?」

 ほかの志願者たちを見渡して、エドガーが言った。三人のうちの一人、ザカリアス・スミスが、頭にたんこぶを作って不貞腐れた顔をしていたが、誰も何も言わない。エドガーはニカッと笑った。

「じゃあ決まりだ。リン、そっち座って、チェイサーの選抜見てろよ」

 頷いて、リンはスタンドに腰かけた。ハンナたちが駆け寄ってきて、口々にリンを称賛する。リンは居心地が悪そうにして、静かにスイを撫でた。

「ザカリアス・スミスの失敗見た? 自分からブラッジャーに突っ込んでいったわね」

「スニッチを見つけて捕まえに行こうとしたんだよ」

 ベティが嬉々として言ったが、リンが冷静に訂正した。

「彼、いい選手になれると思うよ。身軽だし、周りがしっかり見えてて、ブラッジャーとかほかの人とか上手く避けてた……スニッチみたいな小さいものを追うんじゃなくて、もっと、全体的で広い視野を活かせるポジションがいいんじゃないかな……」

 そこで一回言葉を切って、リンはフィールドに目を向ける。大きな活躍をしたらしい男子生徒が、友達から喝采を受けていた。

「……たとえば、チェイサーとか、キーパーとか」

 次の志願者がクアッフルを抱えてゴールポストに向かっていくのを眺めながら、リンが静かに言った。彼女の肩の上に乗っているスイは、ふと背後を振り返り、尻尾を振る。

 ブロンド髪の男子生徒が、真っ赤な顔を手で隠しつつ足早に去っていくところだった。校舎の方へ向かう途中でリンに視線を向けた彼と目を合わせ、スイは尻尾をもう一振りした。


**


 新しいクィディッチ・チームのメンバーが決定したのは、午前十一時半だった。

「上出来だな」

 輪になって立つメンバー六人を見渡して、エドガーが満足げに口角を上げた。

「簡単に自己紹介しとこうか?」

 セドリックと、反対隣の男子生徒を振り返って、エドガーが尋ねた。二人が頷く。

「おし、じゃ、俺からだ……五年生、ビーター、キャプテンのエドガー・ウォルターズだ。エドでいい。これから一緒に頑張ろうな」

 手を上げてメンバーに笑いかけたあと、エドガーは左隣のセドリックを見た。

「セド、次」

「……僕よりヴィックの紹介を先にすべきだと思うけど……え、いいのかい? ごめん、ありがとう、ヴィック」

 先ほどの男子生徒と会話を交わして(相手は、ただ首を縦や横に振っただけだったが)、セドリックは、ニッコリとメンバーに笑いかけた。

「僕はセドリック・ディゴリー。五年生で、去年までシーカーをやってたけど、今年からはキーパーになったんだ。よろしく。……ここでヴィックかな?」

 今度はエドガーの右隣(そしてリンの左隣)に立つ、金茶色の髪の男子生徒が指名された。ヒョロリと背の高い、焦げ茶色の角張ったフレームのメガネをかけた男子生徒は、小さく口を開く。

「………、ヴィクター・ボルト。七年生。チェイサー」

「……あー、ヴィックはちょっと人見知りで……うん、軽いコミュ障ってとこだな」

 小さな声で必要最低限のことしか言わず、ニコリともしないヴィクター。彼の肩に腕を回して、エドガーがフォロー(と言えるかは謎)を出した。

「でも、こいつのプレイはすっげぇぞ! みんな見てきただろ? 去年とか一昨年とか、超クールだったろ? な?」

 必死な様子でエドガーは言った。新しいメンバーがヴィクターに悪い印象を持ったら大変だと思っているのだろう。

 リンはべつにヴィクターの無愛想さを気にしなかったが、ただ、七年生の彼を差し置いて五年生のエドガーがキャプテンに選ばれた理由が、少し分かった気がした。

 誰も反論しなかったので、エドガーはまたもや太陽のように笑って、セドリックの左隣へ目を向けた。なぜこんなに頻繁に笑えるのか、リンには疑問だ。そこまでするならいっそずっと笑っていればいいのに。

「おし、次、ロル?」

 胸のガッシリした、茶髪がボサボサ跳ねている男子生徒が、半歩分だけ輪の中央に出た。

「ローレンス・フロントだ。五年生で、もう二年くらいビーターやってる。通称ロル。よくフリントって間違われるけど、あいつと一緒の苗字じゃないからな」

 どうでもいいがという調子で、さりげなく、しかししっかりと言うローレンスに何人かが笑った。エドガーもそのうちの一人だった。彼は笑いすぎだとリンは思った。

「っと、こっからは期待の新人だな……じゃあまず、ロブ」

 栗色の長髪をポニーテールにした男子生徒が、笑顔を浮かべてメンバーを見渡す。彼を見たリンは、さっき喝采を受けていた人だと気づいた。

「五年のロバート・ハリス。三年の頃からずっとチェイサーを志願してて、今年やっと受かったんだ!」

 吠えるように言ったロバートは、念願を果たし、嬉しくて仕方ない感じだった。エドガーが「気緩めて結果残せなくなったら除籍するからな」と、なぜかここだけ真顔で言いながら、次の選手に声をかける。

「次は、そうだな……デイヴ」

 リンは、右隣に立つ細身の男子生徒が深く息を吸う音を聞いた。酸素を取り込んで二酸化炭素を吐き出すのに合わせて、彼の胸が動いている。二回ほど深呼吸をしたあと、ようやく彼は、話すための口を開いた。

「四年生の、デイヴィッド・キャッドワラダー、です。チェイサーです……、その、よろしく、お願いし、ます」

 受かったことに対する喜びを隠そうとしているのか、年上ばかりで緊張しているのか、デイヴィッドの声は震え、硬かった。リンは首を傾げる。

 先程スタンドで彼のプレイを見ていたが、彼は連続でフェイントをかけるくらい自信満々に挑んでいた。キーパーのブロックをほとんど破ったという素晴らしい飛びっぷりを見せつけ、最終的にゴールを決めた回数はロバートより多く、志願者の中ではトップの成績だった。そんな彼が、なぜかいま顔色悪く地面に立っている。

「あー……どうした、腹の調子でも悪いか?」

 さすがのエドガーも心配になったらしく、控えめにデイヴィッドに声をかける。デイヴィッドは、びくりと肩を竦めて、首を振った。

「いえ、あの……、箒に、乗ってるとき、は……、気分が高揚してる、ので……大胆、に、なれるんですが……、箒に乗ってないとき、は、その……、いろいろと、ダメなん、です……」

 なるほどと納得したのはリンだけで、ほかの者たちは沈黙した。何人かが不安げにエドガーを見る。チームのキャプテンも、そこまでは予想していなかったらしく、困った顔をしていた。しかし、リンが「クィディッチにうってつけの個性ですね」とフォローしたので、気にしないことにしたようだった。

「えーっと、じゃ、ラスト! リン!」

 全員の視線がリンに集まった。リンは、メンバーの顔をざっと見たあと、軽く会釈する。

「三年生のリン・ヨシノです。シーカーに採用されました。至らないところが多々あると思いますが、どうぞよろしくお願いします」

 そう言って、リンはペコリと頭を下げ、二秒ほどして頭を上げる。エドガーとセドリックが笑っているのが、真っ先に視界に入った。数回瞬きをしたあと、リンも笑った。

3-8. 新生クィディッチ・チーム

****
オリキャラ多くて混乱されるかと思いますが、なるべく分かりやすいように書き分けるので、おつき合いください。

- 86 -

[*back] | [go#]