| 突然現れた噂の人物に、ハッフルパフ生は ――― リンを除いて、一斉に石になったように見えた。特にアーニーは、顔から血の気が引いていた。
「やあ」
「……こんにちは」
ハリーは努めて朗らかに声をかけた。リンだけが挨拶を返した。他のメンバーは、まだ硬直している。
「僕、ジャスティン・フィンチ‐フレッチリーを探してるんだけど……」
「……彼は君に会いたがってないよ。一応聞くけど、用件は?」
みんな顔色を変えるなか、一人だけ落ち着いているリンが尋ねた。
「昨日のことなんだ。本当は何が起こったのか、彼に説明したいんだよ」
リンは少し考えているようだったが、彼女が決断する前に、蒼白な顔をしたアーニーが口を挟んできた。
「僕たち、みんなあの場にいて、何が起こったのか見ていた」
「それじゃあ、僕が話しかけたあと、ヘビが退いたのに気がついただろう?」
「僕が見たのは、君が蛇語を話したこと、そしてヘビをジャスティンの方に追い立てたことだ」
「追い立てたりしてない!」
震えているくせに頑固に言い張るアーニーに、ハリーの怒りが爆発した。
「ヘビはジャスティンを掠りもしなかった!」
「リンがあいつを庇ったからだ! リンは純血だ、だから君は、」
「血がどうとかいう問題じゃない!」
ハリーは激しい口調で言った。
「なんで僕がマグル生まれの者を襲う必要がある?」
「君が一緒に住んでるマグルを憎んでるって聞いた ――― 」
「アーニー!」
即座に答えたアーニーを、リンが咎めるように睨んだ。アーニーがぎくりとして怯む。
しかしそれでも、ハリーの感情の揺れは収まらなかった。
「ごめん、ポッター。アーニーは、」
「ダーズリーたちと一緒に暮らしてたら、憎まないでいられるもんか! できるなら、君がやってみればいい!」
リンが謝罪するのを遮って言い放ち、ハリーは怒り狂って荒々しく図書館を出て行った。マダム・ピンスが睨んできたのも気にならなかった。
いったいどうして、みんな僕を悪者にしたがるんだろう? 血筋なんて、そんなもの、少し前まで魔法の世界のことを知らなかった僕が気にするはずないのに! 少し冷静に考えれば分かるようなことじゃないか。なんで理解しようとしないんだ?
腹を立てて歩いていると、何かにぶつかった ――― ハグリッドだ。片手に鶏の死骸をぶら下げている。
「ハリー! なんでこんなところにおる?」
「授業が休講になって ――― ハグリッドこそ何してるの?」
ハグリッドはダランとした鶏を持ち上げて見せた。
「また殺られてな。今学期になって二羽目だ。ダンブルドア先生から、鶏小屋の周りに魔法をかけるお許しをもらわにゃ」
ハリーは話もそこそこにハグリッドと別れた。たわいもない話を無邪気に続けられるような気分ではなかったからだ。
一人で階段を上がり、廊下を歩いていると、何かに躓〔つまず〕いて前につんのめった。まったくもう! イライラと振り返り、いったい何に躓いたのかを見て ――― ハリーは、すうっと硬直した。
そこにいたのは、石になったジャスティン・フィンチ‐フレッチリーと、黒く煤けた無残な姿の「ほとんど首無しニック」、そして ――― ハリーは胃が溶けてしまったような気がした ――― 冷たく硬直したスイだった。
パニック状態で突っ立っていると、ピーブズがハリーたちを見つけ、大声で叫んだ。その声で、次々と廊下のドアが開き、ドッと人が出てくる。すぐさま大混乱になった。
マクゴナガル先生が走ってきて、杖から大きな音を出して騒ぎを鎮め、生徒に教室に戻るよう命令した。そのときだった。
「現行犯だ!」
誰かが叫んだ ――― 顔面蒼白のアーニーがハリーを指差している。
「おやめなさい、マクミラン ――― 」
マクゴナガル先生の叱責は、悲鳴に近い声に掻き消された。
「 ――― スイッ!!」
リンだった。
アーニーに負けないくらい蒼白な顔で、口元を両手で覆っている。ジャスティン・フィンチ‐フレッチリーのそばに転がっている自分の相棒を見て、明らかにショックを受けていた。今にも卒倒しそうだ。
「……ああ、そう! 『血がどうとかいう問題じゃない』って、こういうこと! マグル出身だけじゃなく、純血でも邪魔する奴は襲うっていうの!」
さっき図書館にいたくせ毛の女子生徒が、リンの前に立ってハリーを睨んだ。その背後に、ハンナと長い三つ編みの女生徒が、リンを宥めようとしているのが見えた。
「決闘クラブで邪魔したリンへの見せしめってわけ?」
「ベティ・アイビス! お黙りなさい!」
マクゴナガル先生が一喝した。ベティは悔しそうに黙ったが、彼女の言葉は瞬く間に生徒の間に広まった。ひそひそと囁きが起こり、無数の視線がハリーに突き刺さる。
先生たちがほとんど命令に近い指示を出して、生徒をそれぞれの教室に追い返していく。
授業がないリンも、友人たちに連れられて去っていく。あの様子からして、行き先は医務室かもしれない……ぼんやりと、ハリーは現実逃避をした。
ついに、廊下に残されたのはマクゴナガル先生とハリーだけになった。
「おいでなさい、ポッター」
「先生、誓って言います。僕、やってません ――― 」
「私の手に負えないことです」
マクゴナガル先生は素っ気ない。ハリーは黙ってついていく他なかった。
とぼとぼと惨めな気持ちで歩きながら、不意に、悲鳴を上げたリンを思い出した。あのときの彼女は、ダイアゴン横丁で母親に置いていかれたときと同じ目をしていた。
ハリーは、胸のなかに何かとても重いものが落ちてきたような、そんな感覚を覚えた……。
2-13. 生身も、幽体も、魂も
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