それから数日、学校は、ミセス・ノリスが襲われた(殺されたわけではなく、石にされたらしい)話で持ち切りだった。

 犯人が現場に戻るとでも考えたのか、フィルチは、猫が襲われた場所を行ったり来たり回ったりして厳重に見張った。見張りをしていないときは、血走った目で廊下をほっつき回り、油断している生徒に言い掛かりをつけ、くだらない理由で処罰に持ち込もうとした。

 偶然ハッフルパフの新入生が彼に捕まっているのを見かけたとき、はた迷惑な人だとリンは呆れた。庇った人間にまで難癖をつけるなんて、面倒極まりない。

 心痛は察する。しかし、八つ当たりじみた言動はできるだけ抑えてほしい。

 無事に救出した一年生を連れて歩きながら、リンは思った。

「それにしても、継承者って誰なのかしら?」

 救出した一年生と談話室で別れたあと、ハンナが囁いた。噂好きというハッフルパフ生の特性に漏れず、彼女も興味津々のようだ。

「そもそも『秘密の部屋』が何なのか、リン、知らない?」

 ハンナが尋ねたとき、スイが談話室を駆けてきた。リンの肩に乗ってきたスイを撫で、リンは記憶を手繰る。

「……どこかで知ったよ。『ホグワーツの歴史』か何かに書いてあったと思う」

「残念。図書館にある『ホグワーツの歴史』は、全部貸し出されちゃってるわ」

 ベティが会話に入ってきた。疲れた顔をしている。きっと、図書館で本の山を見て気分が悪くなったのだろう。

 ベティの後ろからスーザンが現れ、リンの横にある椅子に座った。

「あと二週間は予約でいっぱい。ちょっと出遅れちゃった」

「どうしてみんなその本を読みたがっているの?」

「調べたいのさ。『秘密の部屋』の伝説について」

 アーニーがジャスティンと共にやってきた。簡潔な答えにハンナが納得する。アーニーは落胆を表現するために大きくうなだれた。

「ああ、僕の家にあるものを持って来ればよかった……」

 ここで、ベティがリンを見た。魔法史の宿題を鞄から取り出そうとしていたリンは、視線に気づいて首を傾げる。アーニーやハンナ、ジャスティンにスーザンまで、リンを見つめていた。

「……いったい、私に何を求めてるの?」

 諦めて鞄をテーブルの上に置き、リンは尋ねた。ベティは満足そうに笑う。

「その伝説について、なんでもいいから、知ってることを教えてほしいの。どうせあなた、本の内容なんて完璧に覚えてるんでしょう?」

「……あれ、長いんだよ? 面倒だし、疲れる……」

「そう言うなよ、リン。話してくれ。ちなみに先輩命令」

「本当、唐突に現れますよね。どこから湧いて出てくるんですか?」

 いきなり、かつ強引に参入してきたエドガー・ウォルターズに、リンが溜め息をついた。先輩の登場に、ハンナたちは目を丸くして恐縮している。なぜか、スイとジャスティンは彼を睨んでいるが。

 気配を感じて、リンは顔を上げる。セドリック・ディゴリーがこちらに向かってくるのが見えた。申し訳なさそうな顔をしている彼に、リンは軽く会釈をした。

「ごめんね、リン。行くって言い張って、止められなかったんだ」

「いえ、べつに気にしてませんよ。というか、なぜディゴリーが謝るんですか? この人の保護者なんですか?」

「え、なんか『この人』扱いされた。友達なのに」

「うーん……友達だけど、最近は保護者に近くなってきてるかな」

「おい、俺を子供みたいに扱うなよ」

「大変ですね。お疲れ様です」

「え、あ……ありがとう」

「なんなのこいつら。無視してくるんだけど。なにこれ、俺虐められてるのか? なあ、どう思う?」

 ぶつぶつ言って、エドガーは隣にいたアーニーに絡み始めた。アーニーが驚いてしどろもどろになる。

「え、えっと……」

「な、あいつらひどくないか? 正直に言ってくれていいぜ。ひどいよな?」

「リンが正しいと思います。」

「自信満々に言い切ったな、おい」

 アーニーに代わったつもりなのか、ジャスティンがコメントを返した。本当に正直すぎる感想である。彼らしいと言えば彼らしいが(ベティがジャスティンの態度に激昂したが、スーザンに宥められた)。

 実に不服そうな顔をして、エドガーはリンの頭に腕を乗せた。さらにその上にあごも乗せる。重い。リンは彼を払いのけた。

 結局、いろいろあったが、エドガーは帰ろうとせず、リンが折れることとなった。本当に面倒な先輩である。リンは心中で毒づいた。

「……話してる間は、邪魔しないでくださいね」

 前置きをすると、全員が頷いた。それを確認して、リンは静かに語り出した。

「 ――― 正確な年号は不明だが、今を去ること一千年……当時の最も偉大なる四人の魔女と魔法使いの手によって、このホグワーツ魔法魔術学校は創設された」

 まるで本を朗読しているかのような、淡々と流れる話し方だと、スイは思った。

「四つの学寮は、彼らの名前にちなんで名付けられた……ゴドリック・グリフィンドール、ヘルガ・ハッフルパフ、ロウェナ・レイブンクロー、そしてサラザール・スリザリン。彼らは、マグルの目の届かぬこの地に、共にこの城を築いた」

 リンは、さらに記憶を辿ることに集中するためにか、目を閉じた。

「 ――― 数年の間、創設者たちは協調的で、魔力を示した若者たちを探し出しては、この城に誘って教育を施した。しかし、やがて四人の意見に相違が生まれ始めた……スリザリンは、選別された者 ――― つまり、純粋な魔法族の家系にのみ、教育を与えるべきだと説いた。マグルの親を持つ者には学ぶ資格がないと考え、その者たちを入学させることを嫌ったのである。彼とグリフィンドールが激しい論争を繰り広げ、ついにスリザリンが学校を去った」

 目を閉じていてもなおヒシヒシと感じる友人たちの視線に、リンは少し居心地が悪い気もした。しかし、どうしようもないと分かっているので、続ける。

「……伝説によれば、スリザリンは、この城のどこかに、他の創設者たちにはまったく知られていない、隠された部屋を作ったという」

 ハンナが息を呑んだが、ベティに小突かれて口を手で覆った。

「スリザリンは『秘密の部屋』を密封し、この学校に真の継承者が現れない限り、何人たりとも部屋を開けることができないようにした……来たるとき、継承者が『秘密の部屋』の封印を解き、そのなかにある恐怖を解き放ち、魔法を学ぶにふさわしくない者をこの学校から追放することを願って ――― 」

 沈黙の中、スイは感嘆してリンを見上げた。あんなに長い記述を覚えて綺麗にまとめるなんて、さすがとしか言いようがない。

 リンは目を開け、緩く微笑んでスイの頭を撫で、テーブルの上の鞄に手を伸ばす。ベティが慌てて口を開いた。

「ちょっと待って! もう終わり? 続きはないの?」

「多くの人が何度も学校内を探索したが何も見つからなかった、ってさ」

「『部屋の中にある恐怖』ってのは?」

「……さあ、分かりません。誰にも予測がついてないそうですよ」

 エドガーの質問に淡々と答え、リンは魔法史のレポートを取り出し、テーブルの上に広げる。

「なんらかの種類の怪物か何かだって言われてますけどね」

「怪物?」

「スリザリンの継承者のみが制御できるものだとか……そんなものがいるか謎ですけど」

 巻尺でレポートの長さを測り始めるリンに、ハンナが恐々と口を開いた。

「えっと、その怪物が攻撃するのは、あの、つまり、」

「マグル出身の生徒。うん、そう考えるのが妥当かな……あ、余分に書いちゃってる」

「じゃあ、ミセス・ノリスを石にしたのも、その怪物なのかい?」

 今度はアーニーが聞いてくる。リンは無造作に返事をした。

「確証はないけど、可能性はあるかな……しかも高いと、私は思ってる」

「そのスリザリンの継承者って、」

「正体は分からないよ。情報はこれだけだから。これ以上は議論しようとしても仕方ないと思う。ということで、宿題に取りかかってもいいかな」

 スーザンの言葉を遮って言い切るリンに、一同が顔を見合わせる。

 少しして、まずエドガーとセドリックが去った。それからハンナたちも宿題を取り出し、それぞれ作業を始めた。


2-8. 開かれた謎の部屋
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