| ハロウィーンがやってきた。
大広間は生きたコウモリで飾られ、ハグリッドが育てた巨大かぼちゃは中身をくり抜かれ、中に大人三人が座れるほどの大きな提灯になっていた。
いったいどんな肥料をやったらあんなに大きくなるのか。
ベティの問いに、リンは適当に「肥らせ魔法」じゃないかと返しておいた。コリンによる「トリック・オア・トリート攻撃」を避けるのに手一杯だったので、真面目に考える余裕がなかったのだ。
「……浮かない顔してるけど、どうしたの?」
夕食時、リンが、黙々とレーズンを頬張るスイに声をかけた。彼女は朝からずっと何やら悩んでいるようだった。
スイはリンを見上げて口を開きかけたが、結局何も言わず、静かに首を横に振った。
「……言いたいことだけ言ってくれれば、それでいいよ」
リンは穏やかに微笑み、スイの頭を撫でる。その直後、ポンとリンの頭に誰かの手が乗った。
「トリック・オア・トリート、リン!」
「唐突ですね」
「友達になったばっかりのときは、些細な行事も見過ごせないぞ? まして、こんなおいしい行事なら、なおさら。というわけで、トリック・オア・トリート」
「一理ありますね。だけど、ミスター・ウォルターズ、食事の邪魔はしないでください」
「エドでいいって。つーか、リン、俺に気づいてたのか? 全然ビックリしてなかったけど」
「なんとなく気配がしたので」
「へー。すごいな、リン。えらいなー」
ぐしゃぐしゃとリンの髪を掻き回し、エドガー・ウォルターズは楽しそうに笑う。リンは無言で彼の手を払いのけた。さらり、髪が首元にかかってくる。
「おぉー……サラサラだな、髪。羨ましい。それよりトリック・オア・トリート」
脈絡はどこに行ったんだろうか……。呆れながら、面倒さを感じながら、リンは差し出されている手にお菓子を乗せた。
「はいどうぞ。この特大ハッカキャンディーでも舐めててください」
「いや、これはいらねぇわ」
真顔で言うエドガーを、リンは無視する。それにエドガーが文句を言おうとしたとき、またべつの生徒がやってきた。
「エド、リンが困ってるよ」
ぎゅっと眉をひそめて、セドリック・ディゴリーが注意をした。エドガーは気に留めない風情で、再びリンの髪を掻き回す。それを見て、スイの眉が吊り上がった。
「なにを言う。かわいい後輩を愛でる心優しい先輩だぞ? 迷惑に思われるはずがない」
「その妙な自信はどこから来るんですか」
「俺のなかから出てきてるに決まってんだろ? しっかし生意気だなぁ、リンは」
ニコニコ笑顔でリンの頭を撫で回すエドガー。心なしか、リンとの距離が近い。リンは気にしていない(諦めた)様子だが、見ている側のスイはイライラと尻尾を振っていた。
「……エド」
「んー?」
静かに名前を呼んだセドリックを振り返り、エドガーはパチリと瞬きをしたあと、肩を竦めた。「はいはい、帰りますよ」と、リンから手を離し、ひらりと手を振る。
「じゃ、またな、リン。このキャンディーは俺の趣味じゃないけどもらっとく。かわいい後輩からの、初めてのプレゼントだからな」
パチンときれいなウインクを寄越して、エドガーはリンの頭の上に何かの小袋を置いていった。どうやらお返しらしい。いったい何が入っているのやら。
リンは、あとで開けようと、それをテーブルの上に置いた。スイはそれに対し、なぜか渋面を浮かべていた。
ちなみに、先輩二人を見送る際、リンはセドリックにキャンディー(レモン味)を渡しておいた。エドガーだけでは不公平かと思ったからだ。
セドリックは一瞬、やけに驚いた顔をしていたが、ちゃんと受け取ってくれた。文句は言わず、お礼だけを述べて。笑顔も忘れない。よくできた人である。
感慨を抱きながら、リンはかぼちゃパイに手を伸ばした。一部始終を見ていていろいろと思うところがある様子の友人たちは、とりあえず気づかないふりをする。
ああ、今年もかぼちゃパイは絶品だ。リンはぼんやりと思った。
ベティとジャスティンのよく分からない論争が勃発する、三秒前のことだった。
**
いろいろな意味でドタバタしたパーティーが終わり、リンたちは寮へと帰った。
談話室でそれぞれ話に花を咲かせていたとき、一人の男子生徒が息せき切って部屋に転がり込んできた ――― エドガーだ。
いつものように、どこかで他寮の生徒と話をしていて、フィルチにでも怒られて帰ってきたのだろう……みんなそう思ったが、どうも様子がおかしかった。口をピッタリと閉じて、顔を青くしている。
「……エド? どうかしたのかい?」
セドリックが気遣わしげに声をかけた。エドガーは弾けるように飛び上がり、堰を切ったように叫んだ。
「フィルチの猫が殺された! 近くの壁に文字が書いてあった ――― 」
秘密の部屋は開かれたり 継承者の敵よ、気をつけよ
談話室にいた生徒みんなが、思わず息を呑んだ。女子生徒の誰かが小さく悲鳴を上げる。何かが床に落ちる音もした。
一気に騒々しくなった室内で、リンは眉をひそめた。
→ (2)
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