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 その日の夕食時、学校はギルデロイ・ロックハートの話題で持ち切りだった。といっても、いいものではない。どうやらあの先生はダメだという評価がついたらしい。

 ネビルと彼のルームメイトたち(確かシェーマス・フィネガンとディーン・トーマスという名前だ)の話をまとめてみる。

 まず授業の初めに馬鹿げたテストを行い、実技実習と称してピクシー小妖精を教室に放った挙句、混乱と騒動に対処できず逃げ出した、とのことだった。

「でも彼は、本を読む限り、なかなか有能な人のようだよ?」

 ジャスティンが控えめにロックハートを弁護した。ベティが思い切り顔をしかめるのを視界の隅で意識しながら、リンは息をつき、さらりと言った。

「本ではね。言うのと書くのは誰だって簡単にできるよ。人を判断するのなら、実際にやっているところを見てからじゃないと。だいたい ――― あまり悪く言いたくはないけど、彼の話は少し自慢と誇張が多いと思う」

 リンの言葉を聞いて、ネビルたちだけでなくジャスティンも溜め息をついた。落胆ではなく感嘆の息だった。リンを見つめる彼の目に、じわじわと熱が込められていく。

「リン、君って、やっぱり本当に素晴らしい人ですよね?」

 視界の隅で、ベティが笑いをこらえ切れず、テーブルに突っ伏した。

「……ジャスティン、あそこのアップルパイを取ってきてくれると嬉しいな」

「! はい、もちろん!」

 ジャスティンが幸せそうな顔で了承して、リンから離れる。その隙にリンは、突っ伏しているベティの頭に手を乗せ、力の限り押さえつけた。ベティが悲鳴を上げる。

「無理無理無理無理っやめてっ死ぬっ! 死ぬからぁあっ!」

「それは素晴らしいね。いい経験になると思うよ?」

 清々しい笑顔で言い放つリンに、ベティが「ごめんなさいぃい!!」と叫ぶ。

 リンはふと視線を彼女から外し、パッと手を離した。必死で抵抗していたぶんベティの頭が勢いよく上がり、たまたま通路を通りかかったレイブンクローの上級生にぶつかる。必死で謝り倒す友人の姿に、リンはフンと鼻を鳴らした。

 その一連の流れを見て、ディーンとシェーマスは呆然としている。彼らよりはリンに慣れているはずのネビルも困惑気味だ。

 ハンナは心配そうに見守っているが、スーザンとアーニーはもはや慣れきった様子で、我関せずと食事を進めている。

 そうこうしているうちに、ジャスティンが戻ってきた。

「リン! お待たせしました……どうぞ、アップルパイです」

「ありがとう、ジャスティン」

 背後からベティに睨まれているのに、リンは何事もないかのように爽やかに笑った。

「……なんか、優等生のイメージと違うな……」

「……リンって、意外と腹黒いとこあるから……たまにだけど」

 ディーンとネビルが小声で話している横で、シェーマスが目を輝かせ出す。

「………っ、かっこいい!!!」

「どこ見てそう言ってんのよアンタ目腐ってんじゃないの」

 けっとベティが悪態をつくが、シェーマスには聞こえていないようだ。

「あんな人見たことない……なんていうか……クールだ!」

「……クール……か?」

「ちょっと、違う……かも?」

 ディーンとネビルが首を傾げる。たまに、というか、かなり頻繁に、このルームメイトの思考がよく分からない。ネビルは頭を悩ませ始め、ディーンは肩を竦めた。

「僕、優等生って言われてる奴らはみんな、ハーマイオニーみたいな、知ったかぶりで澄ましてて、頭いいのを鼻にかけてる、口うるさくてちょっと嫌味な奴だと思ってた!」

「シェーマス、気持ちは分かるけど少し声落とせよ……」

 ディーンが自寮のテーブルのほうを眺めやりながら言ったが、シェーマスは無視した。

「けど、リンは全然違う! 普通に話しやすいし、親近感ある! しかもかっこいい! なあ、ディーンも思うだろ? ハーマイオニーみたいながり勉タイプじゃないって!」

「そりゃそう思うけど、とりあえず黙ってくれ」

 いつハーマイオニーがやってくるかと冷や冷やしているディーンの言葉をことごとく無視して、シェーマスはリンを見て「本当にかっこいい……」と呟いた。

「よかったじゃないのリンさん、ファンが増えましたわよー」

「……ベティ、もしかしなくても君、さっきの復讐してる?」

「まぁね」

 ざまあみろと舌を突き出すベティ。その手の横スレスレにフォークを突き立てながら、リンはなるべくシェーマスのほうを見ないように努めた。ベティが悲鳴を上げて抗議してきたのは、当然無視した。

2-4. 吼えて始まる新学期
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