クリスマスが終わると、子どもたちは飾りつけの片づけに追われた。無駄に大きい屋敷の至るところに飾りつけをしてしまったので、片づけもたいへんだ(愚痴ったフレッドとロンは、ジンとハーマイオニーに頭をはたかれた)。

 渋々黙々と作業をしていた面々だったが、しかし集中力には限界がある。真っ先に切らした双子とジニーがいたずらを仕掛け、避けたが標的にされたことに怒りを覚えたらしいジンが三人と追いかけっこを始めた。

 響いてくる声に、スイは呆れたように尻尾を振った。今日もあの四人は騒がしい。その横でリンは黙々と飾りつけを取っていた。いつも以上に無言なのは、一緒に作業しているハーマイオニーとジニーが唐突に恋バナを始めたからだろう。話題は、ジニーの交際相手のマイケルだ。知人だからこそ余計に気まずい。スイのほうはノリノリで耳を傾けているが。

 だんだんと女子のテンションが上がってきているのを感じ取って、リンは静かに立ち上がった。巻き込まれるまえに去ろう。極力気配を消して部屋を出る。ハリーとロンが階段の片づけをしているはずだから、手伝いに行くか。

 考えていた矢先、ふと気配を感じて、リンは通りがかった部屋をのぞいた。ビルがツリーの飾りを一つずつ浮遊させてのんびり片づけていた。そういえば今日も休みだったか。以前「前後の週休を減らす代わりにクリスマス休暇を長めにもらったんだ」と言っていた気がする。ぼんやり思い返していたら、不意にビルが振り返った。

「……リン?」

 ビルが不思議そうな声を出した。アキヒトが配布した不織布マスクをつけているので表情が分かりづらいが、驚いているらしい。ところで彼のマスクにプリントされているキャラクターの名前は何だったろうか。マグル界ではかなり有名なキャラクターだった気がするが、名前が思い出せない。

「どうした? 何かあったかい」

「いえ、……あの、手伝うことがあればと思って」

 キャラクターの名前が思い出せなくて、という言葉は呑み込んだ。ビルは首をかしげつつ「じゃあ下のほうの飾りを片づけてもらおうかな」と笑った。うなずいて、リンは部屋に入った。



「……いまのリンのほうがいいな、やっぱり」

 すべての飾りを外し終えたところで、ビルが言った。リンが顔を向ければ、飾りの入った箱を浮遊させ、テーブルの上に置いてから目を合わせてくる。

「……何か変わったところありますか? 至っていつも通りだと思いますが」

「昨日のミセス・ヨシノの件以降、なんとなく前より雰囲気が明るいなと思って。前はだいたい……なんていうか、少し張りつめてる感じだったから」

 ぱちり。静かに瞬きをして、リンはビルを見つめ返した。ビルの目は、澄んだ青い目だ。ロンや双子たちと似ているが、微妙に違う。

「……昨日はありがとうございました。ビルが背中を押してくれなかったら、たぶん聞けなかったと思います」

「あぁ……たしかに、リンは意外と臆病だな、お母さん限定で」

「………」

「ごめんごめん、からかいすぎたな」

 閉口するリンの頭に、ビルの手が乗る。ぽふぽふ、柔らかく軽快に撫でられる。……いつも思うが、なぜ撫でてくるんだろうか。疑問に思っていると、ビルが笑みをこぼした。

「大事にしたいなーと思ってさ。そういう気持ちは触れると伝わるものだろう?」

「……?」

 口に出したつもりはないが、無意識に出ていただろうか。考えるリンを見て、ビルが「いや、口には出してなかったよ。顔には出てたけど」と目を細める。リンは思わずビルから視線を外した。……大家族の長男だし、そういった特技があっても不思議ではないだろう、きっと。リンはそう納得することにした。相変わらずビルはつかめない。

「……大事にしたいな、ほんと」

 ビルが呟いた。どことなく先ほどまでと声の調子が違う気がして、リンは顔を上げた。揺らめく青と視線がかち合う。

「昨日改めて実感したけど、リンって無欲だよな」

「……え、と……」

「それはリンのいいところだって分かってるけど、でももっと欲張りになってもいいっていうか、なってほしいなって思うよ。それで……」

 不意にビルが手を伸ばし、リンの髪に触れた。強張るリンの髪の間をビルの指が滑る。……もしかして、髪に埃か何かが付着しているのかもしれない。前髪にも伸びてきた手を目で追いながら、リンは思った。

 前髪が瞼に触れる感触がして、反射的に目を閉じながら少し身を引く。ビルの指が一瞬離れて、今度は手のひらがリンの片頬を覆うように触れる。こわごわと目を開けるのと、不織布と唇が密着するのはほぼ同時だった。

 焦点の合わない視界。二枚の不織布マスク越しでも分かる、柔らかな感触とじんわり伝わってくる温かさ。

「………」

 ゆっくりとビルが離れた。長い睫毛に縁取られた青い目とかち合う。リンは何度も瞬きを繰り返したあと、顔を朱に染めた。いまのは、さすがのリンにも分かった。バクバクと心臓の音がうるさくなる。身体が熱い。

「……それで、さ」

 ビルがささやくように言った。

「リンが、俺のことも欲しがってくれたらいいなと思って」

 欲しがるって、何、どういう意味。混乱するリンの片耳へと手を伸ばし、ごく自然な動作でマスクを外しながら、ビルは「……あーあ」と声を漏らした。

「リンがイヤだったらノーカウントにできるようマスク越しにしたけど、しなきゃよかったかも」

 意味をつかみあぐねる。鈍い思考回路を働かせていると、ビルの指先がリンの唇をなぞった。思わず一歩下がるリンを見て、ビルが笑みをこぼす。

「……愛してる、リン」

 柔らかく細められた青い目に、思わず息を詰め、もう一歩下がる。ビルが苦笑するのが分かった。

「リンがイヤだったり怖がったりすることはしないつもりだけど、アプローチくらいはさせてほしいな……リンはとびきり鈍感だし」

 ビルが一歩ぶん距離を詰めてくる。リンが二歩ぶん下がったとき、ドアが開く音がした。

「……ビルと、リン? 何してるんだい?」

 きょとんとしたロンが救世主に見えたのは初めてだ。安堵するリンとは対照的に、ビルは「間が悪いやつだな」とため息をついた。

5-32. あなたが欲しい
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