「なんか全体的に空気が微妙に硬いけど、リンだけは妙に明るい雰囲気だね。何かあったの?」

 クリスマス・ランチに現れたトンクスが、困ったような笑顔で首をかしげた。食卓にいる面々の動きが止まる。スイがそろりと視線をリンへと向ければ、リンはパイを切る手を止めて、ちょっと考えているようだった。一拍おいて、トンクスを見上げる。

「……ちょっと、うれしいクリスマス・プレゼントをいただいて」

「そっかぁ! よかったね!」

 トンクスがニパッと笑う。リンはくすぐったそうな笑顔で「はい」と返した。トンクスがぱちくり瞬く。

「……なんていうか、リン、だいぶ浮かれてるよね?」

 珍しい……と目を丸くするトンクスに、リーマスが「いいじゃないか、喜ばしいことだし」と頬を緩める。トンクスが「そうだね」と笑顔をリーマスに向けた。早く付き合え。とスイが念じていると、リーマスが「そうだ」と目を輝かせた。

「私からも、とっておきのプレゼントをあげるよ、リン」

 ぱちくり瞬くリンのまえで、リーマスは杖先をこめかみに当てた。目をつむったリーマスが杖をゆっくり離すと、銀色の糸のようなものが、こめかみと杖とを繋ぐ。リーマスが空いているグラスへと片手を伸ばしたとき、アキヒトがミニチュアの映写機のようなものを差し出した。リーマスが目を丸くする。

「アキ……これは?」

「俺がつくった携帯版『憂いの篩』だ。ここに記憶を入れると、映し出される」

 へぇ……感嘆した声を漏らしつつ、リーマスが銀色の靄を、アキヒトが指差すところに入れる。映写機がカタカタ音を立てて動き始める。アキヒトが「……ところで何の記憶だ、これ?」とリーマスを見た。

「僕が持ってる、ナツメがリンのことをちゃんと愛してるって証拠、かな」

 柔らかく目を細めてリーマスが言ったとき、ふわっと空気が揺れた。



『……君のお兄さんが怒ってたよ』

 鳶色の髪の青年が眉を下げて言った。黒髪の女性は無言のまま、乳母である人形に何やら手を加えていた。返事は期待していないらしい青年が言葉を続ける。

『あの子が生死の境をさまよってたときに、のんきに魔法薬の実験をしてたって……あと、……死んだならそれがあの子の運命だって言ったそうだね』

『……』

『非難するつもりはないよ。ただ、経緯というか、意図を知りたいだけで』

 女性は沈黙を続けた。青年が困ったように髪を掻き上げる。無数の傷がある顔があらわになったが、重力に従って落ちてきた髪によってまた隠された。息をついた青年が口を開いたとき、女性が人形を立ち上がらせた。人形は滑らかな動きで回ったり身体の動きを確認したのち、女性に一礼して部屋を出ていった。

『……あれが不調で、ろくな仕事ができてなかった。実験に没頭していたせいで気づけず、あいつが体調を崩した。愚兄があいつを本家に連れていっているあいだに修理してたが、途中でおまえの脱狼薬を作りはじめて、ついでに改良を試みてたら、あいつが怪我をした。あいつには簡単な防護術がかけてあって、第一の仕掛けでダメージはある程度軽減される。それでも重傷のようだったが、第二の仕掛けで治癒が始まるのも確認したから、期限の迫っている脱狼薬を優先した。天に定められている生死について騒ぐのは愚かしいし、……「死ぬな」とか、自分の想いを優先して寿命を否定するのは個人的にキライだから、それを分かってない馬鹿共を黙らせた。以上。これが経緯だ』

 つらつらと語ったあと、女性は部屋にかかっている鏡に目を向けた。真っ黒だった鏡面に、まるでテレビの電源がつけられたかのように映像が映る。包帯を巻いた黒髪の女の子が人形としゃべっている。女性は興味をなくしたように視線を外した。

『……相変わらず不器用だね、君は』

 青年が寂しそうに笑った。

『そういう背景はきちんと言葉で説明しないと、みんなに伝わらないよ。せめてあの子にくらい、』

『自分がどういう人間かは、己ではなく他者の言葉で表現されるものだ。やつらの評価は妥当だろうし、私は自分の性格をどうこうする気はない。そもそもどうにもならない。……むしろ反面教師になって、あいつが真っ当な人間性を獲得するんじゃないかと思ってる』

『……君はほんとに……』

 青年が切なそうな顔をしたが、続けるにふさわしい言葉が見つからなかったようで、小さく首を振るだけで終わった。



「………」

「……ジン、殺気は抑えような」

 ビリビリ空気を不穏に揺らす甥に苦笑しつつ、アキヒトは映写機をしまい、リーマスを振り返った。

「ちなみにこれ、記憶の修正とか改ざんはないよな?」

「ないよ。信じられない気持ちは分かるけど、受け入れてくれないかな」

「いや、頭では分かってはいるんだが、ちょっと心がついてこなくてな……」

「リンなんて素直に喜んでるよ」

「あの子は別枠にしてくれ」

 感極まっているのかスイを抱きしめているリンを見て、アキヒトは疲れたような顔をした。リンの感覚がたまにおかしいのは仕方ないことだと言いたげだ。いや気持ちは分かるけどさ。なんて思いながら、スイはとりあえず尻尾でリンの腕をポンポンとしてやった。

「……リンって、ほんと負の感情が少ないわよね」

 リンの隣にいたハーマイオニーが呟いた。リンが顔を上げる。不思議そうに瞬いているリンに、ハーマイオニーはやれやれとため息をつく。

「ふつう、そんなにあっさりとは許せないじゃない? だって、今までずっと傷ついてきたのに」

「でも、言動の経緯とか意図とかは分かったし、納得もできたし」

「あのねぇ……」

「それにね」

 呆れ顔で何やら言いかけたハーマイオニーを遮って、リンは微笑んだ。

「ずっと聞きたかったことが聞けて、ずっと欲しかった言葉をもらったから、それだけでもう満足なんだよ」

 スイの尻尾が力なく垂れ下がった。ため息がこぼれ落ちる。欲がない子だとは思っていたが……。ハーマイオニーも似た気持ちらしく、ため息をついていた。


5-31.  ちぐはぐクリスマス
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