グリフィンドール対スリザリン戦が終わった。グリフィンドールの勝ちだ。もう「ウィーズリーこそ我が王者」は聞こえなくなっただろうと判断して、リンは遮音の結界を解いた。

「よかったわ、グリフィンドールが勝って」

「ホント。スリザリンが勝つとか耐えられない」

 ハンナとベティの会話をぼんやりと耳に入れながら、リンは競技場へと視線を滑らせた。ハリーがブラッジャーを食らっていたようだが、無事だろうか。

 アンジェリーナがハリーを助け起こしているのが見えた。ハリーはしっかりと立ち上がったし、大丈夫そうだ。安心して、リンはハンナたちを振り返る。と、スイがリンの頬をたたいてきた。視線を向けると、緊張した面持ちを浮かべている。

「スイ? どうかした?」

「……ハリーのとこに行ってほしい。暴力事件が起こるから」

 ぱちりと瞬きをしたあと、リンはハンナたちに「ちょっとハリーをみてくる」と言い置いて、瞬間移動をした。ちょうどハリーの背後に現れると、彼はなぜかジョージを抑えている。不思議に思ったとき、マルフォイの声がした。

「それとも、何かい。ポッター、君の母親の臭いを思い出すのかな。ウィーズリーの豚小屋が、思い出させて……」

 風が鋭く唸った。とっさに結界で身を守りつつ、リンは制止の声を上げた。

「兄さん!」

 十字架にでも磔にされたような体勢で宙に浮かされているマルフォイ。その腹部に触れる寸前で、固く握られたジンの拳が急停止した。マルフォイはゆっくりと目だけでジンの自制を確認し、引き攣った呼吸を再開させた。

 その場の時間が止まったようだった。先ほどまでマルフォイをにらんで暴れていた双子も、必死にそれを止めていた面々も、スイも、予想外の出来事に呆然としている。まさかジンが、という想いでいっぱいなのだろう。

 リンも、ギリギリ制止することはできたが、吃驚していた。ふだん理性的な彼が武力行使に出るなんて思っていなかった。そもそもなぜこの場にいるのかも謎だが、それはあとだ。まずマルフォイから引き離さなくては。

 リンが足を踏み出したとき、小さな、しかしスタンドからいまだ聞こえてくる歓声にはギリギリ掻き消されない程度の大きさの声がした。

「……貴様のような人間が『監督生』とは、反吐が出る」

 緋色に輝く目でマルフォイを射抜いて、ジンが吐き捨てる。反射的に足を止めそうになるのを制して、リンはそっとジンに近づき、彼のローブに触れた。

「……ジン兄さん」

 鋭いホイッスルの音がリンの声を掻き消した。全員がびくっとして、視線を向ける。マダム・フーチが荒々しくやってくるのが見えた。

「何事ですか、これは!」

 マダム・フーチが杖先をマルフォイへと向けた。ほぼ同時に、ジンがマルフォイの金縛りを解き、身体も地面へと降ろして完全解放する。腰が抜けているのか、マルフォイは地面へとへたり込んだ。

「ミスター・ヨシノ、いったいどういうことです! 監督生・主席ともあろう者が、」

「マルフォイが僕らの家とハリーの母親を侮辱したんです!」

 フレッドが叫んだが、マダム・フーチは「黙りなさい!」と声を張り上げた。

「どんな理由であれ、他人を痛めつける魔法を行使する正当な理由にはなりません! 私を呼ぶなり、ほかに対応があったはずです」

「……おっしゃる通りです」

 静かな声音でジンが言った。ハリーたちが視線を向ける。ジンはいつも通りの無表情だった。

「感情を制御できず、不適切な行動をいたしました。精神の鍛錬不足です。申し訳ありません」

 黒い目を伏せ、ジンが深々と頭を下げた。マダム・フーチはまだ何か言いたげだったが、あまりにも潔く謝罪をされてしまい、行き場をなくした様子だった。たっぷり三秒ぶんの沈黙ののち、マダム・フーチは口を開いた。

「……反省しているのであれば、私からこれ以上なにかを言う必要はありません。しかし、ミスター・ヨシノ、あなたの行動は処罰に値します」

「存じております」

「よろしい。フリットウィック先生のところへ行き、判断を仰ぐように」

「承知いたしました」

「っ、でも、」

 フレッドが抗議しようと声を上げたが、ジンが視線を滑らせたと同時に、吃驚した表情で喉元へと手をやった。どうやらジンが超能力で黙らせたらしい。リンとスイは朧げに理解した。

 マダム・フーチは「クラッブといい、ヨシノといい、まったく今日はどうしてこう……」などと呟きながら、マルフォイを立ち上がらせ、医務室へと連れていった。それを見送り、ジンは踵を返し、そこでふと振り返った。

「……勝利、おめでとう」

「え……あ……ありがとう」

 目が合ったハリーが代表して礼を述べる。目を細めたジンが歩きはじめるのを見て、ハリーはわたわたと引き止めた。

「あのさ!」

「……なんだ」

「さっき、どうして怒ったの? ひどいこと言われたのはロンたちと僕で、ジンが怒る理由はなかったと思うんだけど」

 野暮だなぁ。スイが小さくこぼした。その声を拾ったリンが不思議そうな顔を向ける。理由が分かるのかと視線だけで問われ、スイは半眼になる。いや君も分かってないのかよ。

 ジンはというと、無表情の無言で瞬きを繰り返したあと、小首をかしげた。

「友人が他人から暴言を吐かれていたら、怒るものじゃないのか」

「……『友人』だと?!」

「そんな、ジンが『友人』って言葉を使うなんて……!」

 アンジェリーナとアリシアが雷に撃たれでもしたような反応を見せた。ケイティもポカーンとジンを見つめる。ジンが眉を寄せた。

「……おまえたちは俺を何だと、」

「ジン! 友人って俺らのことだよな?!」

「ポッターのことだ」

「言うと思った」

 抱きついてきたフレッドをはがして吐き捨てるジンに、ジョージが苦笑した。仲良いなぁ。スイが呟き、リンも静かにうなずいた。仲良くなってると思う。

(……いったん懐に入れたら、かぁ)

 なるほどと、リンは一人ごちた。


5-24. 懐

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