新学期二日目の最後の授業は「薬草学」だった。温室に到着して早々、ハリーの姿を見つけたリンはパチクリ瞬いた。なんだかひどく不機嫌だ。近づいて挨拶がてら探りでも入れようかと考えたとき、いちばん手前の温室の戸が開いた。ワラワラと四年生があふれ出てくる。

 見覚えのある濁り色のブロンドを見かけて、リンは視線で追った。予想通り、ルーナだ。オレンジ色のカブが耳にぶら下がっているのは、きっとおしゃれのつもりだろう。鼻先に泥がくっついているのは、ペイントなのか、汚れなのか、どちらだろうか。

 話しかけようかと思ったリンだが、ルーナがハリーの元へと一直線に進むので、とりあえず様子を見ることにした。

「あたしは『名前を言ってはいけないあの人』が戻ってきたって信じてるよ。それに、あんたが戦って『あの人』から逃げたって、信じてる」

 よく通る声だった。いつものごとく言い合いをしていたベティとジャスティンも、思わずケンカを中断して振り返る。ベティがルーナの耳に目をとめ、目を丸くした。

「なにあの子。カブのイヤリングとか斬新ね」

「ルーナ・ラブグッドじゃないかしら? レイブンクローの」

「ああ、ルーニーね」

「そういう呼び方をするのはよくないわ、ベティ」

 スーザンがとがめるも、ベティは気にしないようだった。ブリバリング・ハムディンガーやしわしわ角スノーカックの話をしはじめたルーナにクスクス笑いの発作を起こしている。リンはベティの足を踏みつけた。悲鳴が上がる。

「いったいわね、リン! なにするのよ!」

「ベティ! リンを非難するなど、よくも、」

「リン!」

 唐突にルーナが割って入ってきた。不意を食らって、ケンカ勃発の手前でベティとジャスティンが固まる。ハンナもリンの腕にくっついてきた。

「リンは否定しないよね? ブリバリング・ハムディンガーも、しわしわ角スノーカックも、非存在を証明することは不可能だから、いないなんて言い切れないって、まえ言ってたもン! そうでしょう?」

「うん、そうだね。存在してても不思議じゃないと思うよ。それより、ルーナ、泥がついてる」

 鼻先についている泥をキレイにすると、ルーナはうれしそうに笑った。そして、「今日もリンは人気者」と、リンの頭の周りを眺めてから、軽い足取りで立ち去った。去り際にハーマイオニーをにらんでいったのは、きっと相性が悪かったのだろう。難儀である。

「リン! さっきのはどういうこと? どうしてあの子に教えてあげないの? しわしわ角スノーカックなんていないって!」

 今度はハーマイオニーの奇襲がきた。めんどうだ。内心で辟易しながら、リンはため息まじりにハーマイオニーを見やる。

「ひとが何を信じるかなんて、ひとの自由でしょう」

「まったく証拠がないものを信じるのは、やりすぎよ! 正すべきだわ!」

「……ハーマイオニー、世界って広いんだよ。人間の認識を超えた真実もこの世にはある。だから発想は自由だよ」

「何の話よ」

 テキトーになりつつあるリンの言葉に、ベティがツッコミを入れた。リンが無言で肩をすくめたとき、アーニーの声が響いた。

「もうすでにリンを通して知っているとは思うけど、僕も君を百パーセント信じてるよ。僕の家族はいつもダンブルドアを強く支持してきたし、僕もそうだ」

 アーニーはハリーと向かい合っていた。いつもの気取り癖が発揮されているようだ。ハンナとスーザンも便乗して、応援コメントまで贈っている。今回は円満そうで何よりだ。

 この隙にとリンがハーマイオニーからさりげなく離れたとき、スプラウトが登場した。ハーマイオニーの視線と意識がサッとスプラウトに向いたので、リンは遠慮なく彼女から離れて、いつものテーブルへと移動した。

 スプラウトはまず、O・W・Lの大切さについての演説で授業を始めた。みんな「またか」という顔をする。ほかの先生方からもさんざん聞いているので、いい加減にしてほしいのだろう。ハーマイオニーだけは熱心に聞いているが。

 さすがに憂鬱だ。周りに気づかれないよう、リンは静かにため息をついた。


**

 「薬草学」も終わって、ドラゴンの糞(堆肥)のにおいを消しながら、リンはハンナたちと城に戻った。もう夕食の時間だ。スイはさぞ空腹で待っていることだろう。考えながら玄関ホールに足を踏み入れると、甘ったるい声が耳に届いた。

「ごきげんよう、ミス・ヨシノ」

 ハンナたちの表情が固まったのが視界に入った。リンは静かな表情で視線を滑らせ、アンブリッジの姿をとらえた。相変わらずピンクをまとい、ニタリと笑っている。リンは礼儀正しく会釈をした。

「こんばんは、マダム・アンブリッジ」

「これから夕食? お友だちと一緒かしら」

「はい」

「よければ途中まで一緒に行きましょう? ね?」

 不可解な笑みを浮かべて、アンブリッジが小首をかしげる。ジャスティンとベティが口を開いたが、彼らより先にリンが言葉を返した。

「お誘いいただき光栄ですが、あいにくと談話室にスイを迎えに行かなければいけないので」

「あら、そうなの。それは残念ね」

 反対側に首をかしげて、アンブリッジは「またの機会に」と会釈し、ゆっくりと大広間へ歩いていった。その背中を静かに見送ったあと、リンは踵を返した。ハンナたちも倣う。

「あのクソババア、怪しいわね」

「同感だ。大広間なんて歩いてすぐ。途中までご一緒にも何もない。なのになぜ、わざわざ声をかけてきたんだ?」

「明らかになんか企んでるわよ。リンだけ名指しで、アタシたちのこと完全にアウト・オブ・眼中だったし、あの作り笑いも気持ち悪かったし」

「会話の流れも脈絡がなくて不自然だったし」

 ベティとジャスティンが低い声で代わる代わる話す。珍しく息が合っている。これ以上天気が悪くなったらどうしようか。なんて場違いなことをリンは思った。

「でも、あのひとがいったいリンに何の用だっていうの? たいして関わりもないはずでしょう?」

「分からない……けど、魔法省は『例のあのひと』の件に対して否定的だし、あの件についてはリンは少しだけ関わりがあるから、探ってるのかもしれない」

「もっとシンプルな可能性もあるわ、アーニー。たとえばアンチ・ヨシノだとか」

 ハンナ、アーニー、スーザンがひそひそ言っているところに、ジャスティンが「そんなの分かりきったことじゃないか」と割って入る。ハンナたちが期待顔でジャスティンを見る。ジャスティンはグッと拳を握った。

「ピンクを身にまとっていることから判断するに、あの女は自己顕示欲が強く、自分がかわいいと思い込んでいると見た。しかし、リンを見つけ、たとえるなら『白雪姫』の継母のような心境に陥っ、」

「バカじゃないの」

 ベティが容赦なくぶった切った。リンも聞かなかったことにして、さっさと談話室の扉を開ける。「白雪姫って何だろう」という顔をしているハンナたちは無視だ。


5-16. ふわふわピンク
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