「僕の父様の授業はどうでしたぁー?」 新学期初日の夕食時、ヒロトがハリーたちのところへとやってきた。ニコニコ笑顔かつ、期待でキラキラした目をしている。明らかに褒め言葉しか期待していない。ハリーが苦笑する横で、ハーマイオニーが絶賛しはじめる。自分が発言する必要はなさそうで、ハリーとロンはホッとした。 「ていうかハリー先輩! 聞いてくださいよ!」 ホッとしたのも束の間、今度はケイがズイッと顔を寄せてきた。 「叔父上ってばひどいんですよ! 僕とヒロが授業中に羊皮紙で絵しりとりしてたら罰則だって! とっくに知ってる内容だから聞き流してただけなのに、横暴だと思いませんか?!!」 「聞いてなかった君たちが悪いでしょう」 突然に後ろから聞こえた声に、ハリーは肩を跳ねさせた。振り返ると、呆れ顔のリンがいた。肩の上でスイが「よっ」と言うかのように手を上げてくる。ケイとヒロトが「リン姉さん!」「リン姉様!」と突進し、かわされて大胆に床へとスライディングした。そのまま何が楽しいのか床をゴロゴロして笑いはじめる。 「こんばんは、ハリー。あまり快適とは言えない状況らしいね」 従弟二人を完全に無視して、リンが小首をかしげた。途端、ロンが「ホントそうだよ!」とプリプリ怒り出す。 「リン、シェーマスに言ったらどうだい? 君の言うことならシェーマスも耳を貸すだろうしさ」 「彼が何を信じるかは彼の自由だと思うよ。私が口出ししたり誘導したりする筋合いはないと思うけど」 至ってまじめなリンである。ハリーは仲裁依頼を諦めることにした。それよりも気になることがあった……噂好きのハッフルパフ生が自分のことをどう思っているのか、把握しておきたい。 「ハッフルパフはどう? みんな僕を狂ったやつだと思ってるのかい?」 「ハンナやアーニーたちは全面的に君のことを信じてるよ。あと、セドリックやエドガーをはじめとしたクィディッチのメンバーも」 ハリーは「そっか」と返した。とりあえず、リンのグループが敵じゃないことにホッとした。対抗試合のときみたいにトゲトゲされたら心が折れる。ベティとジャスティンはとくに怖い。 「あなたやセドリックは、『例のあの人』について聞かれたときどう返してるの?」 ハーマイオニーがヒソヒソ声で参入してきた。リンが瞬く。スイがひょいと尻尾を大きく振った。 「……ハリーを信じてるかって聞かれたら、信じてるって答えてる。ヴォルデモートを見たのかって聞かれたときは正直に、実際に自分の目で見てはいないって答えてるよ」 「そう……そこをどう捉えられるかってことね」 ため息をつくハーマイオニーに、リンが「そうだね」と返した。その肩から降りて、スイがグリフィンドールのテーブル上でブドウを頬張りはじめる。自由だなとハリーはぼんやり思った。 「呑気すぎるだろ……さすが猿……」 呟いたロンの額に、ブドウの粒がクリティカルヒットした。痛いと涙目でわめき出すロンに、スイ(ブドウを投げつけた張本人)がフンと鼻を鳴らしてそっぽを向く。人間みたいだ。 「食べ物を投げるのはよくないぞ、スイ!」 「食事中のマナーがなってないですよぉ」 「食事してるひとの後ろで床を転がってたひとたちに言われてもね」 にゅっと下から湧いてきたケイとヒロトに、リンが静かにツッコミを入れた。二人は反省の態度もなく、「善人には迷惑かけてないですよ!」「昼間に散々ハリー先輩の悪口を言ってたひとたちの後ろでしたもんー」などと返す。相変わらず図太い。 「ちなみに僕たちはですねー」 「無難に『自分で判断もできないんですか?』って返してます!」 「あとー、『聞いたところで考えを改める気もない愚図に時間を費やさなきゃいけないって、ほんとストレス溜まるのでやめてくれませんかー?』って返してまーす」 「笑顔で穏便に!」 「それのどこが穏便なの?」 ロンがツッコミを入れた。杖で身を清めながら、ケイとヒロトがきょとんと瞬く。「え?」「物騒なところありましたぁ?」なんて首をかしげる二人に、ロンがハーマイオニーへと助けを求める目を向けた。ハーマイオニーはリンへと流す。リンがうなずいた。 「せめて申し訳なさそうな顔を取り繕って言いなさい」 「なるほど!」 「分かりましたぁ」 「表情の話じゃないでしょ!」 ハーマイオニーが平手打ちに失敗した。颯爽と避けたリンは「分かってるよ」と肩をすくめる。 「発言内容は注意する必要ないから、スルーしただけ。この二人は猫をかぶるのが上手いから、実際の発言はもう少しオブラートに包んで遠回しにやんわり言えてるよ」 「……なるほどぉ。本音の要約じゃなくて、実際の発言を正確にお伝えしたほうがよかったってことですねー」 合点がいったという表情で、ヒロトがにっこりハーマイオニーを見上げた。ケイも「そういうことか!」と晴れやかな表情を浮かべる。 「あのですねー、実際にはー」 「『賢い先輩方なら、他人からの情報を鵜呑みにするより、ご自分で判断なさったほうがまちがいないと思います!』って返してます!」 「あとー、『僕たちなんかの意見じゃ先輩方の考察のお役には立てませんし、もっと洗練された余裕ある見解をお持ちの方にうかがったほうがよろしいかと思いますー』って返してますー」 「笑顔で穏便に!」 「……怖いね、君たち」 ロンが呟いた。ケイは「そうですか?」とパチクリし、ヒロトは「処世術ですよぉ」とほわほわ笑う。ハーマイオニーは「これが日本文化『本音と建前』ね……」と遠い目をした。スイが「いやいや」と言わんばかりに手を振る。リンは無言で肩をすくめたあとスイを拾い上げ、ハッフルパフのテーブルへと帰っていった。 (……ヨシノのひとたちが味方でよかった) けっこう自分はラッキーなほうなんだろうと、ハリーは思った。 5-15. 本音と建前 |