シリウスとリンがまたピリピリしているというニュースを聞いて、ハリーは「今度の理由は?」とハーマイオニーに尋ねた。ロンが「どうせクリーチャーだろ」と興味なさそうに呟いたが、ハーマイオニーは無視した。

「シリウスがクリーチャーに対して出した命令よ。リンはここに来た最初の日にクリーチャーと話をしたらしいんだけど、それ以降、彼と直接会話をする機会がなかったんですって」

「つまり、シリウスがクリーチャーに、リンと話をしないように命令してたってこと?」

 ハリーが言うと、ハーマイオニーは「ええ、そう」と首肯した。

「それで、それを知ったリンが怒ったってわけ」

「わっかんないなあ……あんなやつ、しゃべらないほうが幸せだろ」

 ロンの一言で、ハーマイオニーの眉が吊り上がる。こちらでもケンカが勃発するまえにと、ハリーは慌てて口を開いた。

「でも珍しいよね、リンがこんなにだれかと衝突するのって。僕、リンは穏やかで冷静沈着なイメージだったよ」

「リーマス曰く、ちょっとストレスがあるんじゃないかって話よ。三年生の夏休みからミセス・ヨシノと暮らせてないみたいだし」

「あのひとといないことでストレスになるって? わけ分かんないよ……ふつう、あんなひとと一緒にいるほうがストレスだろ。ちがう?」

 またロンが口をはさんだ。うなずきかけて自重するハリーのまえで、ハーマイオニーが根気よく「リンはずっとミセス・ヨシノと暮らしてきたのよ」と言った。

「親子ですもの……なにか、二人なりの絆みたいなものがあるのよ、きっと」

「ハーマイオニー、それ本気で言ってる?」

 呆れ顔でロンが尋ねる。ハーマイオニーはたっぷり五秒ぶんの沈黙ののち、うんともううんとも取れる音を発した。そのまま沈黙が訪れる。気まずさをまぎらわそうと、ハリーが話題を探した。

「えーと……そうだ、リンとシリウスは? いまどこにいるんだい?」

「リンならバックビークのエサやりに行ってるわ。シリウスは厨房でリーマスに説教されてる最中よ」

 様子を見にいくならどっちか。迷ったのは一瞬だった。すぐに結論を出して、ハリーはハーマイオニーに、バックビークはどこにいるのかと質問をした。


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「ここってホントに寝室なの?」

 バックビークがいる場所を見て、ロンが開口一番にツッコミを入れた。ハリーもハーマイオニーもすぐには答えられなかった。

「床に大きめのラグが敷いてあるのは分かる? そこを境に空間を魔法でいじって、ラグの上に森を創ったんだよ。分かりやすく言うと、魔法界のテントとか車みたいな感じ。ラグの上に足を踏み入れると、拡張されてる空間に入り込むの」

 三人を出迎えたリンが、何でもないことのように言った。ハーマイオニーがいち早く理解して「すごいわね」と驚嘆の声を上げる。ハリーとロンは、イマイチ完全に理解できていないまま「ホントにすごい」と賛同しておいた。とりあえず、改造したミセス・ヨシノすごい。

 バックビークに別れの挨拶をして、リンは森の地面と部屋の床の境目(リン曰くラグの端)を越えた。バックビークが名残り惜しげな声を出したが、部屋よりは森の中にいるほうがいいらしく、追ってはこずに、やがて森の中へと姿を消した。

「意外といつも通りだね」

 言葉がハリーの口をついて出た。リンはぱちくり瞬いて首をかしげる。ハーマイオニーが「シリウスとケンカしたから、もっとピリピリしてると思ったの」とフォローを入れた。リンはまた瞬きをした。

「最初はピリピリしてても、言いたいことを一通り言ったあとに深呼吸すれば、だんだん落ち着いてくるでしょう?」

「それで済む君ってすごいと思うよ、ホント」

 ロンが言った。そのあと「女ってみんな、もっとヒステリックにわめいて、しかもすごいネチネチ引きずるって思ってたよ」と呟いて、ハーマイオニーから「私のこと思い浮かべてないでしょうね」と凄まれていたが。

 しげしげとロンとハーマイオニーの様子を眺めていたリンは、ふと視線を戸口へと移した。ハリーもつられて目を向けて瞬く。バツの悪そうな顔をしたシリウスが立っていた。頬にある引っかき傷は、彼の肩にいるスイの仕業だろう。

「………悪かった」

 リンから視線を盛大にそらして、シリウスがぶっきらぼうに言った。

「あいつはレギュラスが好きだったから、リンとあいつが話をしたらレギュラスの話ばっかりになると思ったんだ」

 リンがぱちくりした。ハリーたちもである。数秒の沈黙ののち、代表してハーマイオニーが「いい歳して嫉妬したの?」と呆れた。シリウスは「だから悪かったっつっただろ!」と吠えた。

「クリーチャーに出した、私との会話禁止令は撤回したの?」

 ちょいと首をかしげてリンが聞いた。シリウスはリンへと視線を戻して、しかめ面でうなずく。リンは「……ならいいよ」と表情を緩めた。

「ケンカしてごめんなさい」

「……ああ」

「これを機に、クリーチャーに対する態度も改めてくれるとうれしいけど……まぁ妥協するよ。せめて暴力と暴言は謹んでね」

 思い切り顔をしかめたシリウスを見て、リンが言葉の途中で妥協した。それでも一向に首肯しようとしないシリウスに、リンはため息をついて「……善処してね」と念を押すにとどめた。

「あの、レギュラスってだれ?」

 会話が落ち着いたと判断して、ハリーが聞いた。シリウスが「弟だ」とそっけなく答えて、部屋の壁のほうへと歩き出す。タペストリーが壁いっぱいに掛かっているのが見えた。

「もとは客間の壁にあったんだが、我がお母上が『永久粘着呪文』をかけたせいで取り外せなくてな。そしたらハルヨシが『よその部屋の壁と丸々取り替えればいい』っつって、取り替えてくれたんだ」

 つらつら話しながら、シリウスはタペストリーに刺繍されている家系図のいちばん下の名前を指さした。ハリーたちが近づいて見ると「レギュラス・ブラック」と刺繍されていた。その横を見て、ハリーが「シリウスの名前がない」と呟く。

「かつてはここにあった」

 小さな丸い焼け焦げを指さして、シリウスが口元をゆがめた。彼が家出した際、母親によって抹消されたらしい。その話を聞き流して、スイはリンの肩へと移動し、レギュラスの名前の下を見ていた。死亡年月日は、計算するに、リンが一歳のとき……原作の記載と約一年半ずれている。ぎゅっとスイの眉間に皺が寄った。
 
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