ヴォルデモートが求めている武器とは、いったい何なのか。そんな議論が男子たちのあいだで勃発したらしいが、リンの知ったことではないというのか本音である。考えようにも情報が少なすぎるのだから、考えるだけムダだ。そう言ったら不満気な顔をされてしまった。

「気にするな。俺も似たような反応をされた」

 古い印章を床に積み上げながら、ジンが淡々と言った。少し寝不足らしい(ジンはハリーとロンと同じ部屋に割り当てられている)。ご愁傷様ですと述べながら、リンは、スイ目掛けて針を発射した銀の道具を超能力でペシャンコにした。

 客間のガラス扉の飾り棚の整理中のワンシーンである。

 飾り棚のなかは、ざっと整理整頓はされていたが、シリウス曰く不要なものが多いため、中身を掃除することになった。ほとんどは印章や勲章など無害なものだったが、まれに不気味な(明らかに闇の呪いがかけられた)物品があるため、なかなか苦戦させられていた。

 朝からはじめたというのに、もう夕方だ。ビルが仕事から帰ってきたことで時間の経過に気づき、スイは絶望感に襲われた。無駄に容量のある飾り棚が恨めしい。ビルが手伝いを申し出て、入れ替わりでウィーズリー夫人が夕食の支度へと向かったため、あと少しで区切りはつきそうではある。しかし、先は長い。

 スイがため息をついたとき、銀の嗅ぎタバコ入れがシリウスの手を噛み、シリウスの手は気味の悪いかさぶただらけになるという事件が起きた。杖の一振りで手は治ったため、大事には至らなかったが。

 廃棄物袋に投げ込まれた嗅ぎタバコ入れを、手に布を巻いたジョージがこっそり回収する。視界の端で目撃したリンだったが、スルーした。ジンも同様だった……彼の性格からして咎めそうなものだが、下手に口出しして絡まれるのがイヤなのかもしれない。もしくは、隣にいるビルからフラーの話題でいろいろ話しかけていて、それを流すのに忙しかっただけかもしれない。

「クリーチャー! 何をくすねた……出すんだ!」

 突然シリウスの鋭い声が響いた。見ると、シリウスがクリーチャーから何かをもぎ取っていた。大きな金の指輪だ。ブラック家の家紋が入っている。

「……いらないものなら、あげたらいいのに」

 クリーチャーが怒りで泣きながら部屋から姿くらましをしたあと、リンが言った。シリウスが振り返り、リンが眉をひそめて非難の視線を送っているのに気づいてギクッとした。しかし、すぐに毅然とした態度を取り戻す。

「俺はこれを捨てると決めた」

「でもクリーチャーはそれが大切なんでしょう」

「知ったことじゃない」

「……私、シリウスのそういう傲慢で残酷なところはキライ」

 にべもないシリウスに対して、リンもツンとした態度で言い切った。シリウスはしばし硬直して、それから不機嫌オーラを放ちはじめる。掃除メンバーがみんなハラハラと二人を見る。スイやジンですら、心配の色をにじませた目で二人を見た。

「……あんなやつのどこがいいんだ」

 強奪した指輪を廃棄物袋に放り込みながら、シリウスが呟いた。忌々しそうな顔を見やって、しかし動じることもなく、リンは静かに首をかしげた。

「逆に聞くけど、シリウスはクリーチャーの何が気に食わないの?」

「ぜんぶだ。ブラック家の家風に染まってるし、何よりあいつも俺を心底嫌ってる」

「ブラック家の家風に染めたのは、シリウスの家族。シリウスのことを嫌うようにしたのは、シリウスだよ」

「俺が? ちがうな。あいつは、親愛なるお母上が俺を悪く言うから、」

「ちがうよ」

 リンが強い語気でシリウスを遮った。

「どんなに悪口を聞いたとしても、本人からきちんと優しくされれば、心の底からキライにはならないもの。……心の底から嫌われてるってことは、優しくしなかったってことだよ」

 淡々と話すリンの先で、シリウスは硬直していた。見開かれた灰色の目に、同じ灰色の目をしたリンが映っているのを見て、スイはなんとなく複雑な気分になった。

「……リン、けなされるな。あんなやつ、気にかける価値なんかない」

 やがて、シリウスが吐き捨てるように言った。途端、リンの目が剣呑に細められる。スイは思わずジンの腕にしがみついた。

「……私は、気にかけるどころか、クリーチャーをうらやましく思うときすらあるけど」

 リンの静かな言葉を聞いたスイの目が点になった。言葉の内容もリンの態度も予想外だ。てっきり怒りに満ちた声でも出てくると思ったのだが、予想は外れたらしい。スイがきょとんとリンを見つめていたとき、ふとリンが瞬きをした。

「ご飯ですよ」

 みんなの視線が一斉に部屋の戸口へと集まった。ウィーズリー夫人がみんなを呼びにきたところだった……勢いよく視線を向けられて困惑している。ハーマイオニーが上ずった声で「いま行きます」と返事をした。それを合図に、みんなも(そわそわリンとシリウスを気にしながら)動き出す。

 リンがシリウスから視線を外す。シリウスも眉を寄せたまま無言でリンから視線を外し、踵を返した。スイがそわそわと二人を見比べていると、その身体をビルがひょいと持ち上げた。

「……クリーチャーのどういうところがうらやましいんだい、リン」

 スイをリンへと差し出しながら、ビルが気遣わしげな笑みを浮かべた。スイとジンが硬直する。リンはビルの顔を数秒見つめて、まず無言でスイを受け取り、それから口を開いた。

「……最近、母さんから指示や依頼をもらうのは彼です」

 不満げな顔をするリンに、スイとジンは不可解だという表情を浮かべた。こき使われるのがうらやましいってどういうことだよ。俺が知るか。視線だけで器用に会話を交わす二人をよそに、ビルは「そうか」と柔らかく目を細めた。

「リンはお母さんが大好きなんだな」

 よしよしと唐突に頭を撫でられて、リンは目をぱちくりさせた。茫然とビルを見上げるが、ビルはにこにこと笑うだけだ。困惑である。

「すっきりしたとこで、飯に行こうか」

 実に自然な動作でリンの髪を整え、ビルは彼女の肩に手を置いて促す。一拍おいてジンが呟いた。

「……あなた以外だれもすっきりしていないんだが」

 まったくだ。スイが内心で力強くうなずいた。ビルがおもしろそうに笑う。

「お堅いだけあって、意外と頭の回転が悪いな、ジンは」

 ジンの眉間に皺が寄ったのを、リンとスイはしっかり目撃した。しかしジンは何も言わないという選択肢を取ったらしく、一言「みんな待ってますから急ぎましょう」とだけ発して歩き出す。ビルは楽しそうに「だな」と相槌を打った。


5-8. スキキライ
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