「弟さん、亡くなってるのね」

 スイと同じようにレギュラスの名前のところを眺めていたハーマイオニーが呟いた。シリウスは「ああ」と相槌を打った。

「死因は分からない。おそらくヴォルデモート絡みだろうとは思うが……」

「ヴォルデモートに襲われたの?」

 ぱっと顔を上げたハリーが尋ねた。リンもつられて視線を向ける。シリウスは複雑そうな表情をしていた。

「殺したのはヴォルデモート側でまちがいはないはずだ……だが、君が思っているような殺され方ではないだろうな。あいつは死喰い人だった」

「嘘でしょう!」

「事実だ。……だが、あいつはナツメの役に立つためにスパイとして死喰い人に加わったという話だ」

「母さん?」

 それまでハリーとシリウスの会話を静かに聞いていたリンが、反射的に口をはさんだ。

「母さんとレギュラスさんってどういう関係なの? 前にクリーチャーが、彼らはよく会ってたって言ってたけど」

 みんながリンを見た。やっぱり母親の話題には食いついてくるんだな……という呆れまじりの感想が全員の胸の内を占めた。それを押し込めて、シリウスが口を開く。

「あいつらはホグワーツでの先輩後輩だ。どっちもスリザリン生だったからな。……俺が知ってる限り、レギュラスがいちばん懐いてたのはナツメで、ナツメがいちばん大事にしてたのがレギュラスだ」

「スネイプよりも大事にしてたの?」

「俺が知ってる限りな。スネイプはたまにナツメを怒らせて蹴られてたりしたが、レギュラスがナツメに攻撃されてるところは見たことがない……それどころか、キレてるナツメをなだめてたくらいだ」

「……でも、ハグリッドは、母さんがいちばん関心を示したのはスネイプだって」

「ハグリッドの目に入るような場所では……あー、つまり、あいつらはハグリッドとまったくタイプがちがう。ハグリッドの行動範囲では、授業とかの都合でナツメとスネイプが一緒にいるほうが多かっただろう」

 ……そういうものなのか。無表情下で疑問を感じたリンであったが、納得はできるので、置いておくことにした。あとでリーマスにも確認しよう。それより肩の上でむせ続けているスイがうるさい。いったい何にむせているのかと怪訝に思いつつ、リンはスイの背をポンポンとしてやった。

「弟は、私よりもよい息子だった……私の両親はいつも言っていた」

 タペストリーに刺繍されている名前を見つめて、シリウスが語り出した。

「昔から、純血貴族としてふさわしい態度を取っていた……ナツメ曰く、俺が、あー……無責任な長男だったから、両親の期待やら束縛やらがあいつに向かって、それに応えようとがんばった結果があの振る舞いだったらしいが……」

 歯切れが悪くなったシリウスを、リンたちが見やる。しかしだれかが何かを言うまえに、シリウスが「うん」とうなずいて「そんな感じだ」とまとめる。「どんな感じだよ」とロンがツッコミを入れた。

「話はあちこちに飛んで、ぜんぜん分からないわ、シリウス。結局レギュラスは死喰い人になってどういう風にミセス・ヨシノの役に立ったの?」

 ハーマイオニーの質問に、シリウスは「知らん」とにべもなく返した。

「あいつは何も……ナツメの指示ではなく自分の独断でやったとしか言わなかった。むしろナツメは止めてくれたが自分が無視したってな。あいつももともとあまりおしゃべりなやつじゃなかったし、俺もそこまで追究しなかった。ダンブルドアは、ヴォルデモートの動きを把握してナツメを守ろうとしたんじゃないかって推測してたが……ぶっちゃけ、ナツメは自分で自分の身を守れただろうな」

 ちがいないと、みんなが思った。というか、彼女がだれかに守られているという図式が頭のなかで成り立たない。ヴォルデモートやダンブルドア並みに「守られる」という言葉が似合わないと、スイは思った。

「えーと……あ、そうだ、リンの名前はここにないんだね」

 沈黙をなんとかしようと、ロンが苦しまぎれに言った。

「ああ……俺とナツメは正式な婚姻を結んでないからな。そもそも俺は家系図から抹消されてるし」

 微妙な空気が流れてしまった。ハーマイオニーが非難する目つきでロンをにらんで、ロンは萎縮した。リンは気にした風もなく家系図を眺め続け、シリウスも同様だった。この親子はマイペースだなとスイが内心でツッコむ横で、ハリーが「えーと」と話題をつなげる努力を見せた。しかし、ハリーが何かをしゃべるまえに、シリウスが口を開いた。

「どうやらトンクスもここにいないな……だからクリーチャーはトンクスの命令に従わないんだろう……家族の命令には何でも従わなければならないはずだからな」

「トンクスと親戚なの?」

 ハリーが驚いて聞くと、シリウスは首肯した。トンクスの母親のアンドロメダとは従姉弟だったとのことだ。そこから、マルフォイ家とも親戚であることも分かったが、ふつうに考えて純血家族はみんな姻戚関係だということで納得した。

「リンの家族もそうなの? 日本の純血一族も少ないって文献で見たけど……」

「うん、こんな感じ。ほとんど親戚だよ」

「……ヨシノって純血主義じゃないよね?」

 ロンが恐る恐る聞いた。リンはハーマイオニーからロンへと顔の向きを変えて、首をかしげつつ「……たぶん」とうなずいた。

「基本的に差別意識は持ってないけど、生活様式とか文化のちがいを考慮すると、マグルと結婚するのはむずかしいって話らしいよ。マグル出身の魔法使いや魔女となら結婚してるひともいる。……あ、でも本家の当主は純血を守るのが暗黙の掟になってたりはする」

 そんな掟があるなら、純血主義みたいなものでは。みんなが一斉に内心でツッコミを入れた。それが伝わったのか、リンが困ったような笑みを浮かべる。

「どの人間だって徒人〔ただびと〕……マグルと同じ血の起源を持ってるのに、不思議だよね。どの国のひとにも言えることだけど」

「血の起源?」

「魔法族と非魔法族の二種族が存在する理由について、二つのパターンが考えられるでしょう? すべての人間がもともと不思議な力を使えていたのに、一部の人間が次第に使えなくなっていった。あるいは、不思議な力を使える人間が突然変異で現れた」

「あー、そういう小むずかしい話はいいや。めんどくさい」

 ロンが遠慮なくぶった切った。ハーマイオニーが咎めるように彼の名前を呼んだが、リンはというと、ぱちくり瞬いて「そっか、じゃあ打ち切ろう」と切り上げただけだった。ベティとジャスティンたちと交わす会話に似てるなと、スイは思った。


5-9. レギュラス・ブラック
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