夕食後、ヴォルデモートについての情報をハリーに与えるかについての議論が勃発して、リンはたいそう居心地が悪かった。ギスギスした空気は好きじゃない。ただでさえ夕食中、今日も今日とてフラーにまとわりつかれていたジンが、重苦しい雰囲気を醸し出していたのだ。これ以上は勘弁してほしい。

 スイも疲れたような顔をしていた。ほんとうに面倒だ。リンが思ったとき、ウィーズリー夫人の口からリンの名前が出て、ドキリとした。

「――― あなたは向こう見ずな行動を取ることもあるという意味よ、シリウス! たとえばアズカバンに投獄の件なんて、そのせいでリンがどんな目に遭ったか!」

 シリウスが派手に立ち上がった。同時に、ウィーズリー氏が「モリー!」と鋭い声で妻を咎め、アキヒトが「その件に関しては」と重苦しい声を出した。

「我々ヨシノにも責任の一端はある。無罪を立証し冤罪を防止することも可能であったにも関わらず、当時のイギリスとの不和を理由に、介入する努力を放棄し、イギリス側に判断をゆだねた。我々の愚かしく致命的な過ちだ」

 目を閉じてつらつら語ったアキヒトに対して、食卓の面々が茫然とした。みんなそれぞれべつの理由から茫然としているらしいが、そろって無言なので、その理由が何なのかは分からない。

「……話を本筋に戻しますが、ハリーに情報を与えるかどうかでしたね」

 目を開けたアキヒトが、ウィーズリー夫人を見た。ウィーズリー夫人はハッと我に返って「ええ……」とモゴモゴする。アキヒトはまじめな顔でハリーを見た。

「俺としては、ある程度の情報を与えたほうがいいと思いますよ。先ほどアーサーが言った通り、ダンブルドアも状況の変化をご存知です。またリーマスの指摘通り、歪曲された情報が伝えられるのも良くない。……ハリーの性格を、あなたはご存知でしょう……我々から情報を得られなければ、彼は情報を得ようと躍起に動き回るだけですよ」

「……わかったわ」

 端的な指摘に、ウィーズリー夫人はついに折れた。ハリーをちらりと見て、ほかの子どもたちを順に見やった。

「ジニー、ロン、ハーマイオニー、リン……フレッド、ジョージ、ジン、みんな厨房から出なさい」

「俺たち成人だ!」

 フレッドとジョージが異口同音に叫んだ。ロンとジニーも異議を唱える。ウィーズリー夫人が目を光らせて凄んだが、ウィーズリー氏から、成人しているフレッドとジョージは止められないと指摘を受けた。

「諦めたほうがいいよ、母さん。ハリーに話すなら、ほかのやつらを追い出したって意味がない。どうせ全員ハリーから話を聞き出すんだ」

 夫ともめはじめた母親に、ビルが疲れたように言った。たしかにそうだと、リンは思った。スイもひょいと尻尾を振る。ウィーズリー夫人は反論しかけたが、思い当たる節があるらしく、諦めた。


**

 いろいろな情報が提供された……ヴォルデモートが隠密に自分の軍団を再構築しようとしていること。それを防ぐために、騎士団員はヴォルデモートの復活を人々に信じさせようとしていること。ヴォルデモートの復活を否認する魔法省の態度のせいで、それが上手くいっていないこと。

「……それでもなんとか、何人かを説得できた」

 たとえばと、ウィーズリー氏はトンクスやシャックルボルトの名前を挙げた。それから、アキヒトへと目をやる。

「それに今回は、ヨシノも騎士団側についてくれるそうでね……前回は一族全員でイギリスから撤退して不干渉の姿勢を取っていたことを考えたら、すばらしい快挙だよ」

「我々は原則、日本以外で起こる戦争には手出しをしない。だが、我が一族の者がヴォルデモートの陣営に与〔くみ〕しているとなれば、我々も落とし前をつける必要がある。……それに、今回のヴォルデモートは我が一族の者に危害を加えた」

 リンを一瞥して、アキヒトは冷ややかな声を出した。

「我々は残念ながら優しくはない。ひとたび敵と認識すれば、容赦なく牙を剥く」

 ぞくり、ハリーたちの背筋が凍った。一瞬アキヒトの目が鈍い紅色に輝いた気がしたからだ。しかし改めて見てみれば、彼の目はいつもの黒色だった。リンとジンを確認すると、二人とも至極平然としていて、アキヒトの様子に驚いた様子はない。ヨシノこわい……とハリーたちが思っていると、ふとアキヒトが口元を緩めた。

「……ま、最終的にはイギリスが片をつけるべき戦争だし、必要以上に手は出さない。あくまで我が一族出身の死喰い人を片づけて、リンのぶんの報復をするだけだ」

「……結局傍観かよ」

 シリウスが苦い顔でツッコミを入れた。アキヒトは「人聞きの悪い」とニヒルな笑みを浮かべた。

「アジアの小さな島国の黄色人種ごときに、国家規模での借りを作りたくない。というイギリス魔法省の思惑を尊重して差し上げているだけだろう」

 一瞬、ピリッとした空気が流れた。一拍置いて、キングズリー・シャックルボルトがゆったり深みのある声を発した。

「アキ。イギリス人全員がそのような考えを持っているわけではありませんよ」

「もちろん理解しているとも、キングズリー。俺はただ、イギリス魔法省のトップに就任する者はことごとく、心の奥底で我々を疎んでいるという事実を指摘したまで」

 ……どうやら、国際的にいろいろと確執があるらしい。ということをハリーは肌で感じた。いつも快活で爽やかな、しかも魔法省で働いているアキヒトの口から出た情報なので、ショックが大きかった。

「……差し出がましくも意見させていただきますが……俺は、個人的には、どこまでも手を出したいです」

 沈黙のなか、不意にジンが呟いた。みんながジンを見た。リンとスイも目を丸くしてジンを見やる。ジンはアキヒトをまっすぐに見ていた。

「反日感情を抱いている人々には非情に接すればよいという考えには同意です。だが俺は、ポッターたちに恩がある……二度と埋まることはないと思っていた溝を埋めることができたのは、彼らが過去について改めて向き合うきっかけをくれたからだ。……だから、彼らが俺の力を必要としてくれるのであれば、それに応えたいと思う」

 ハリーはビックリしてジンを見つめた。まさか、彼がそんな風に考えているとは思わなかった。ほかのみんなもそう思っているようで、みな一様に茫然とジンを見ていた。……一人はちがったが。

「ジンは義理がたーいですね。まじめでまーすぐなところ、とーてもステキでーす。それに、わたーしもアリーに恩があーるので、おそろいでーす」

「デラクール、空気を読んで黙っていてくれないか」

 ぴっとりと腕にくっついてきたフラーを引きはがしながら、ジンが無表情で、しかしげんなりした声音で言った。思わずといった風情でアキヒトが吹き出した。くつくつと喉の奥で笑って、落ち着いてからジンを見る。

「……分かったよ、ジン。当主に伝えておく」

 柔らかく細めた目でジンを眺めたあと、アキヒトはリンのほうも見た。視線を受けたリンは、問われるまえに「私もジン兄さんと同意見です」と述べる。アキヒトは切なそうなまぶしそうな顔で「分かった」と言った。

 その後またヴォルデモートの話題に戻ったが、彼が何か武器を求めているというところでウィーズリー夫人からストップが入ってしまい、そこでお開きとなったのだった。


5-7. 意外な情報
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