「……どうした、ディゴリー」

 クリスマスの三日前の夜、監督生用の浴室に足を踏み入れたジンは、浴槽の縁に座って項垂れているセドリックを見て目を瞬かせた。何があった。

 というか、このシーンには既視感がある。以前、三校対抗試合の第一の課題の前夜にも、同じような場面に出くわしたはずだ。ただ、今回はエドガーがおらず、完全にジンとセドリックの二人きりだが。

「何かあったのか?」

「ああ……いや、うん……とくに何もないよ。ただ、これでいいのか不安になって」

「……なんの話だ?」

 首を傾げつつ、ジンは浴槽へと歩み寄った。濡れた身体にタオルを纏っているだけのセドリックに、ひとまず湯に浸かるよう促す。風邪でも引いたら大変だ。

 セドリックは頷いて、湯の中に沈み込んだ。それを確認して、ジンはシャワーを浴びる。髪と身体を手早く洗い、それから浴槽へと戻り、湯に浸かった。

「……それで、何に悩んでるんだ?」

「卵についてさ」

「……ああ、課題のか」

 一瞬、何のことか分からなかったが、すぐに合点がいった。ジンは「卵がどうした?」と、セドリックを見た。セドリックは湯の水面を眺めていた。

「卵の中にあるヒントを解く必要があるのは、前に話したよね」

「ああ。開けたら恐ろしい悲鳴を上げることも聞いた」

「でも何か意味があるはずなんだ」

「音が暗号になってると?」

「そんなところかな。なんていうか……条件が整えば、ちゃんと意味が分かるヒントが聞けるんじゃないかって気がして」

 ぼんやり水面を見つめたまま、セドリックが首を傾げる。ジンは瞬いた。なかなか良い推理だと思う。なぞかけなど思考力のトレーニングまで行っている甲斐もある。

「卵の中に隠すってことにも、意味があると思う」

「たとえば?」

「殻を割る要領で、叩いて開けるとか」

「結果は」

「やっぱり悲鳴を上げる」

 それはそうだろうとジンは思った。そんなに単純ではないだろう。しかしセドリックには言わずにおく。

「ほかには?」

「あとは、温めるくらいしか思いつかなくて」

「何をしたんだ?」

「まず抱きかかえて一晩一緒に寝た」

「反応は」

「相変わらず金切り声を出す」

 一瞬の沈黙のあと、ジンは「次は?」と尋ねた。セドリックは「ちょっと馬鹿みたいなことをしたんだけど」と前置きをしてから、こう言った。

「暖炉の火で温めてみた」

「どうなった」

「まったく効果なし。しかも火傷した」

「だろうな」

 だんだん阿呆な方向に向かっているのは気のせいだろうか……。ジンは水面を眺めた。いや、父や叔父によると、人生は意外性であり、大事な場面では思い切った発想と行動力が必要とされるらしい。しかし、これは……。頭を悩ますジンに、セドリックが続ける。

「それで今日は、湯煎の要領で温めようと思って、卵をここに持ってきたんだ」

「……まさか、うっかり卵を浴槽に落として、それで項垂れてたとでも言うんじゃないだろうな」

「はは……そのまさかだよ」

 半眼になったジンの前で、セドリックは笑った。湯の中にいて、顔から水が滴ってすらいるのに、その笑顔が乾いたように見えるのはなぜだろうか。長々と溜め息をついて、ジンは顔を伝った水滴をぬぐった。

「拾いに行ったらどうだ?」

「そうだね。もう充分に温まっただろうし」

 頷いて、セドリックは大きく息を吸い、湯に潜った。もはや温めることは前提として決まっているらしい。温める程度で解ける謎とは思えないが……と、ジンが心中で呟いていると、湯の中から気泡が現れた。

 ゴボゴボと、何か音のようなものが聞こえてくる。不思議に思ったジンが湯に潜ろうとしたとき、水面からセドリックの頭が現れた。思わずジンは後方へと下がった。

「ジン、水だ! 水だったんだ!」

「は?」

「水の中だと、音が声になるんだ!」

 なにやら興奮した様子で言って、セドリックは再び水中に潜った。残されたジンは混乱状態に陥って硬直していたが、ふと我に返って、言葉の意味を考え始めた。

 どうやらセドリックは、水の中で、何かの拍子で卵を開いたらしい。すると、恐ろしい悲鳴がきちんとした声に聞こえた。そこで、卵に秘められたヒントを得るために必要な条件は水だったと気がついた。こんなところだろう。

「……やはり、温度は関係なかったじゃないか」

 ジンが呟いたとき、またセドリックが浮上してきた。水面から顔を出し、目にかかる髪を指で払う。うれしそうな顔をしていた。

「何か分かったか?」

「ああ。地上では歌えないものたちが、僕の大切なものを奪うらしい。僕は一時間以内に、彼らの声を頼りに探して、奪われたものを取り返さなくちゃいけない」

「地上では歌えないもの?」

「この歌声の主だとすると、水中生物だと思う。水の中で人の言葉を話せるもの……待てよ」

 ぷかぷか立ち泳ぎをしながら、ぶつぶつ呟いていたセドリックが、不意に止まった。口を開こうとしていたジンが、黙ってセドリックを見やる。彼は、壁に掛けてある人魚の絵を凝視していた。視線を受けて、人魚がクスクス笑う。

「……ジン、ホグワーツの湖には、マーピープル(水中人)がいたりするかい?」

「ああ、いるぞ」

 ジンが肯定すると、セドリックは目を輝かせ、はにかんだ。第二の課題についての情報を無事に得ることができてうれしいらしい。ジンは静かに「おめでとう」と祝っておいた。

 しかし、新たに出現した大きな問題には、いつ気づくのだろうか……。内心で少しだけ呆れながら見ていると、不意にセドリックの顔が硬直した。ゆっくり笑顔が消えていく……どうやら問題点に気がついたらしい。

「……ねぇ、ジン……人間が一時間も水中に潜り続けられる方法って、あるのかな」

「さあな。それを見つけ出すのが、本当の課題なんだろう」

 火照った顔を青白く変えたセドリックに、ジンは素っ気なく言った。

4-43. 金の卵の謎
- 202 -

[*back] | [go#]