| 今年のクリスマスは、例年とは一味違っていた。
まず、学校でクリスマス休暇を過ごす生徒の数が多い。ボーバトンやダームストラングの生徒たちの存在もあるが、ホグワーツでも、四年生以上の生徒たち全員が残っているし、下級生たちの姿もちらほら見られる。理由はもちろんダンスパーティーだ。
そのせいか、城の飾りつけにも力が入っている。大理石の階段の手すりから下がる万年氷の氷柱、大広間に並ぶ十二本のクリスマスツリー、クリスマス・キャロルを歌う鎧兜たち……。なかなか圧巻だ。
しかし、そんな感想を抱いている場合ではないというのが、いまのリンの状況であった。ばくばくと心臓が音を立て、自分が柄にもなく緊張しているのが分かる。なんとなく叫び出したい気分だ。
時刻は午後七時三十分 ――― クリスマス・ダンスパーティーが始まる三十分前だ。ドレスに着替え、友人たちの手で綺麗にしてもらった(というか、いじられた)リンは、ベッドに腰かけて床を睨んでいた。
「リン、硬直しすぎ」
対照的にのんびりした調子のスイが、尻尾でリンの腕を叩いた。この様子では送り出すのが少し心配だ。とはいえ、さすがに今日のスイは留守番だ。邪魔にならないようリンから離れたうえで、ダンスフロアで踏まれずに生き残る自信はない。
「リラックス、リラックス。ダンスはできるんだろ?」
「い、一応は習ったけど、不安」
「大丈夫さ。セドリックが上手くリードしてくれるよ、たぶん」
「でも、もし下手なことをしてセドリックに恥をかかせたら、」
「そのときはそのときさ。もういいから行ってきなよ」
呆れた表情を浮かべ、ぱふっと尻尾をベッドに軽く叩きつける。そこでタイミングよく寝室のドアが開き、ベティが顔を覗かせた。
「アンタまだここにいたの? 早く来なさいよ。セドリックが探してるんだから」
「……ごめん。いま行く」
小さく溜め息をついて、リンは重い腰を上げる。気晴らしにかスイを撫でたあと、ベティに続いて談話室へと向かった。
残されたスイは「大丈夫かなぁ」と不安を感じていた。
談話室はいつもよりカラフルに見えた。装飾云々の話ではなく、生徒たちの服が色とりどりだからだろう。真紅のバラをつけたベティすら、人のなかに埋もれた。これなら自分も埋もれそうだ。そう思ったリンは、ちょっと肩の力を抜いた。
「リン」
名前を呼ばれて、リンは顔を向けた。セドリックが近寄ってくるところだった。漆黒の服がとてもよく似合っている。黒が似合う人だと、リンはぼんやり思った。いや待て。その前に言うことがある。
「あの、お待たせして、ごめんなさい」
開口一番に謝るリンに、セドリックは一瞬きょとんとしたあと、大丈夫だと微笑んだ。それからじっとリンを見つめて、さらに頬を緩める。
「リン、すごくきれいだ」
「……ど、どうも……」
とりあえず礼を述べたものの、なんとなく気恥ずかしくなって、リンは視線を泳がせた。世辞なのだろうとは理解しているが、やはり褒められることには慣れない。反応に困る。
頬を薄く染めてドギマギするリンを見て、セドリックは笑みを深め、そっとリンの手を取った。自分とはちがう体温に、一瞬リンの身体が跳ねる。
「……もしかして、触れられるのは嫌かい?」
「あ、いえ、大丈夫です。ちょっとびっくりしただけです」
「ならよかった。じゃあ玄関ホールに行こうか」
にっこり柔らかく微笑んでエスコートしてくれるセドリックに、とりあえず頷く。歩きながら、リンは頭を抱えたくなった。
どうリアクションを取ったらいいのか、まったく分からない。お手上げだ。セドリックが立派に紳士的な振る舞いをしてくれているというのに、情けない。もっと社交的なことを勉強しておくべきだった。
いつも通りの静かな表情の裏で、リンは少し落ち込む。一方のセドリックも、自分の言動は紳士として正しいだろうかと、不安を感じ慎重になっていた。しかし、二人とも自分のことで手いっぱいで、互いの心情にはまったく気づいていないのだった。
玄関ホールにも人混みができていた。大広間が開放されるのを待っているらしい。隅の方に寄ろうかと思ったとき、リンを呼ぶ声がした。この声はジンだ。リンは顔を向けて、ぱちくりと瞬いた。
セドリックと似た感じのシンプルな服装に身を包んだジンが、不機嫌そうな顔で歩いてくる。彼の腕にくっついているのは、なんとフラー・デラクールだ。輝くシルバーグレーのサテンのパーティーローブを着ていて、本人も輝いている。
『俺の希望じゃない。驚くほどにしつこくて、断りきれなかったんだ』
リンの疑問を感じ取ったのか、ジンが答えた。日本語で呟くあたり、配慮はあるらしい。顔が正直に心情を表してしまっているが。リンは日本語で労わりの言葉をかけておいた。
「ジン、この女の子はだれでーすか? とーてもきれいな子でーすね」
「……リン・ヨシノ。俺の従妹だ」
「おう、だから、あなたと仲よーしなのでーすね」
「デラクール。少し離れてくれないか」
ぎゅっとジンの腕にしがみつくフラーに、ジンが静かに、しかしイライラと言った。しかしフラーは無視して、にっこりとリンに向かって微笑んだ。すごい人だとリンは思った。隣のセドリックも苦笑している。
「わたし、フラーって言いまーす。リン、仲よーくしてくださーいね」
「あ、はい。リン・ヨシノです。よろしくお願いします」
小さく頭を下げて挨拶をする。ちょうどそこで、マクゴナガルが代表選手に召集をかけた。フラーが目を輝かせ、ジンが溜め息をつき、セドリックの顔には緊張の色が浮かんだ。
彼女の元へと向かい、残りの四人と合流し、指示を聞く。リンたち八人は、ほかの生徒たちが着席してから入場するため、用意ができるまで待機とのことだった。
どうやって時間を潰そうか悩んだリンだったが、再びフラーに話しかけられ、よく分からない世間話を延々と聞かされる羽目になった。
ちなみにジンは、クラムと少し話したあとセドリックとの会話に没頭していた。これ幸いとフラーのことを押しつけてくる従兄に、リンはちょっとだけ苛立ちを感じるのであった。
4-44. 感情豊かなクリスマス
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