| クリスマスまで、あと一週間と少ししかない。それなのに、ハリーはまだダンスパーティーのパートナーを見つけていなかった。
いや、希望の相手を見つけてはいるが、申し込んでいない。なにしろ寮が違うので、会う機会がないのだ。
もちろん、見かけることはある。だが、彼女はいつも友人たちに囲まれていて、話しかけづらい。とくに、あの二人の前で申込みをすれば、どんなことになるか……一人にはニヤニヤと冷やかされ、一人にはギラギラと睨まれるだろう。
はあ……と溜め息をついたとき、隣のベッドのカーテンが開いた。寝起き顔のロンが現れ、ハリーがベッドの上に座っているのを見て、目を丸くする。
「早いな、ハリー。どうかしたのか?」
「ウン……ちょっと、考え事」
曖昧に濁して、ハリーはロンに倣って制服に着替え始めた。今日は金曜日。学期最後の授業日だ。
「僕ら、いい加減に相手をゲットしないとまずいよ」
着替え終わって鞄に教科書を詰め込みながら、ロンが言った。ロンもハリーと同じく、パートナーを見つけられていなかった。
「ハリー、我々は、歯を食いしばって、やらねばならぬ」
鞄を肩にかけて立ち上がり、ロンがハリーを見た。難攻不落の砦に攻め入る計画を練っているかのような雰囲気だった。
「今夜、談話室に戻るときには、我々は二人ともパートナーを獲得している。いいな?」
「あー……いいよ。オッケー」
少し逡巡したあと、ハリーは頷いた。
しかし、事は思うように進まなかった。タイミングを逃し続け、ついに学期最後の「魔法薬学」の授業が終わる時間にまでなってしまった。もう時間がない。
ハリーは、終業ベルが鳴ったあと、ロンとハーマイオニーと別れ、階段を駆け上った。こうなったら、やるしかない……二人だけで話がしたいと呼び出すくらいしなければ、タイミングなんて永遠に来ない。
「 ――― リン!」
混み合う廊下を通り抜け、ハリーはようやくリンを見つけた。走り寄るハリーに気づいて、何事かと首を傾げている。ハリーはリンたち六人の前で急停止した。
「あの……リン、ちょっといい? いま、二人で話せる?」
「大丈夫だよ」
静かに頷いて、リンは「先に行ってて」とハンナたちを送り出す。みんな興味深そうにハリーを見たが、黙って立ち去った。ジャスティンだけは、歩きながらチラチラ振り返り、じっとハリーを見た。しかし、その彼も角を曲がって完全に見えなくなった。
「それで、話って?」
周りから人がいなくなったのを確認して、リンが聞いた。ハリーはリンを見て、すっと息を吸い込んだ。大丈夫だ。落ち着け。ちゃんと上手く誘える。リンだって、静かに耳を傾けてくれるはず。
「あの、リン、僕と、ダンスパーティーに行かない?」
「……え」
無事に言えたと安心するハリーの前で、リンが硬直した。びっくりしたようにじっとハリーを見つめてくる。それから、リンは静かに口を開いた。
「……ごめん。もう、ほかの人の誘いを受けちゃって……」
本当に申し訳なさそうに眉を下げて謝るリンに、ハリーは「そっか」と言った。心のどこかで、もう一人の自分らしきものが「ほら、やっぱり」と呟く。予想できてたじゃないか?
「誰と行くの?」
ぽろりと質問が口から漏れた。リンが瞬く。それを見てハリーは我に返った。いますごく余計なことを聞いた気がする。というか、絶対聞いた。撥ねつけられるかと冷や冷やするハリーの前で、リンが口を開いた。
「……セドリック」
「え?」
「セドリック・ディゴリーと、一緒に行く」
声と視線を少しだけ落として、リンが静かに言った。長い睫毛の影にある目を見て、ハリーは、自分の胸の中に“何か”がストンと落ちてきたように感じた。
「そっか。よかったね」
またもや言葉が勝手に出た。しかも、どうやら笑顔まで浮かんでいるらしい。ハリーは内心で驚いた。リンもパチクリ瞬きをしている。断った相手から笑顔で祝福されて、意外に思っているのだろう……。
「……べつに、ペアがいなくても、スイと二人で参加する気だったけど……」
「…………」
訂正だ。リンは何も分かってない。首を傾げて見当外れのことを言ったリンに、ハリーは溜め息をついた。鈍感にも程がある……あの人が母親では、仕方ないのかもしれないが。
昨年のことを思い出して、ハリーは寒気を感じた。ふるりと頭〔かぶり〕を振ってリンを見る。そしてもう一度、今度は意識的に笑った。
「じゃ、そろそろ大広間に行こうか? 僕、お腹すいちゃって」
「あ、ハリー、その……ほんとに、」
「いいんだ」
謝ろうとするリンを遮って、ハリーはきっぱり言った。まっすぐリンを見つめると、リンは瞬きをして、それから頬を緩ませた。
「お詫びに、誰か紹介しようか?」
「いつも一緒にいる三人の誰かから?」
「ううん。あの三人には相手がいる。ハンナはアーニーと、スーザンはジャスティンと、ベティはディーンと行く予定」
「ディーン? 予想外だよ」
笑いながら、ハリーはリンと並んで歩く。いつも通りのテンションだった。
あれだけ悩んで迷って、覚悟を決めてがんばって、でも失敗した。それなのに、ちっともショックを受けていない。セドリックと行くと言われても、まったく平気だった。むしろ、彼とリンが踊っているシーンを想像して、お似合いだと納得できた。
リンと行きたいと思っていたはずなのに、セドリックに先を越されたのに、リンに断られたのに、どうして、こうも落ち着いていられるんだろう?
よく分からない。ひょっとしたら、これは、あの金の卵に秘められた謎よりも、深い謎なのかもしれない……。そんなことを思いながら、ハリーは大広間へと足を踏み入れた。
4-42. 予期せぬ課題
- 201 -
[*back] | [go#]
|
|