「クリスマス・ダンスパーティー、リンは誰と行くの?」

 ある日の夕食時、ハッフルパフのテーブルまで歩いてきたジニー・ウィーズリーがそう聞いてきた。

 リンはティーポットから紅茶を注いで、淡々と「知らない」と答える。ベティが口に入れようとしたソーセージを皿に落とした。

「なに言ってんのバカ、冗談でしょ」

「いや、まじめに。誰にも申し込んでないし、申し込まれてもない」

「えぇぇ、うそでしょ!」

 ハンナとジニーがなぜか同調し、そろって悲痛な声を上げた。スーザンは苦笑し、アーニーとジャスティンは固まって視線を彷徨わせる。スイが尻尾を振った。

「リンならぜったい引く手あまたなのに」

「そうよ。リン、男子から人気あるのに」

「なにそれ。そんなことないし」

「こっちのセリフよ。そんなことないことがないわ」

 否定したリンを、さらにベティが否定する。リンは眉を寄せた。

「ほんとにないよ。だって、いまの時点でも誰からも誘われてないもの」

 寮監のスプラウトからクリスマス・ダンスパーティーについて告知されて、もう一週間ほど経っているが、リンは誰からも誘われていない。

 まぁ面倒だからいいかと思うリンの周りで、ベティが「虫除けを徹底するから」とジャスティンを睨み、ジニーが「ちがうわ、リンが高嶺の花だと思われてるからよ」と言い、ハンナが「むしろ、もう誰かに誘われてるって、みんなが思っちゃってるのかも」と呟き、スーザンは「ほとんどずっと一緒にいる私たちが、ブロックみたいになってるのかしら」と首を傾げる。スイは「全部だろ」と思った。

「おーい、ベティ!」

 女子四人が意見を出し合い、男子二人もなにやらヒソヒソ話を始めたとき、ディーン・トーマスがやってきた。珍しく一人だ。親友のシェーマスすら伴っていない。

「なに、ディーン」

 ジャスティンから視線を外して、ベティが聞いた。若干トゲトゲしい口調だったが、ディーンは気にしない風情だ。というより、場の雰囲気から何かを察したらしい。

「タイミングが悪くて申し訳ないんだけど……あの、誘いにきた」

「誘い? なんの?」

 びっくりした様子のベティに、ディーンは「ダンスパーティーの」と補足した。少しだけ、頬が赤いように見える。

「よければ、僕と一緒に行かないか? あ……もしかして、もう誰かと約束してる?」

「ううん、まだ……あー、うん、いいわ。アンタと行くわ」

「ほんとに? ありがとう!」

 じゃあと手を振って、ディーンは帰った。グリフィンドールのテーブルで、シェーマスに話しかけ、ハイタッチをするのが見える。スイは瞬いた。

「よかったわね、ベティ」

「なにがよ」

 にこにこ笑うスーザンに、つんと澄ますベティだが、よく見ると少しだけ頬が緩んでいる。なるほどと合点して、スイは尻尾を揺らした。クラムといい、青春である。

「それより、リンはどうすんのよ」

「さぁ。なるようになるんじゃない?」

 ベティがリンに矛先を戻す。リンは受け流して立ち上がった。スイを抱えて「先に帰ってるから」と宣言し、さっさと歩き去る。ベティたちの文句ありげな顔は無視だ。

 アーニーとジャスティンが、リンが立ち上がったことにも気づかないほどヒソヒソ話に熱中していたのは、少し気になったが、たぶん重要な話ではないだろう。



 寮の入口である、樽の山。その前に立って樽の底を叩こうとしたとき、突然、樽が消えてドアが現れ、それが開いた。折よく誰かが出てくるらしい。

「……え、リン?」

「こんばんは、セドリック」

 目を丸くする彼とは対照的に、リンは淡々と挨拶した。一歩下がって道を空ける。しかし、セドリックは不意を食らった顔をして、動こうとしなかった。

「……セドリック? どこかに行くのでは?」

「あ……いや、その……リン、いま時間あるかい? ちょっと二人だけで話したいんだけど」

「いいですけど……」

 二人だけということは、スイもいてはダメなんだろうか……。不思議に思っていると、スイの方から自主的に飛び降りた。

 セドリックの足元を通って談話室へと入っていき、ドアが閉まる直前で振り返ったスイは、不機嫌そうな顔で「ファイト!」という仕草をした。

 表情と仕草がまったく噛み合っていないが、何事なのか。疑問に思うリンを、セドリックが「ちょっとついてきて」と誘う。二人は、廊下のもう少し奥まで進んだ。

 角を曲がって、迷路風に行き止まりになっている(意味も実用性もない)ところで、セドリックが立ち止まり、リンへと向き直った。そして、すっと息を吸い込む。

「あの、リン、よければ僕の……僕と、ダンスパーティーに行かないか?」

「え?」

 リンはびっくりしてセドリックを見た。祈るような目でリンを見つめてくる顔が、少し赤い。なんとなく、先ほどのディーンを思い出した。

「……もしかして、もう相手が決まってる?」

「いえ、まだです……けど」

 どうして自分を誘うのだろう? リンは思った。セドリックなら、ほかにもっといい相手がいるだろうに……。

「僕がパートナーじゃ嫌かい?」

「いいえ、そうじゃないです」

 いつの間にか、セドリックとの距離が縮んでいた。これまで取ったことのない距離感だ。彼の背が高いことに、改めて気づく。

「……どうして私を誘うんですか?」

 ぽろりと疑問を口からこぼす。セドリックは数回ほど瞬きをしたあと、リンを見つめたまま、目を柔らかく細め、頬を緩め、微笑んだ。

「僕が、リンと一緒にクリスマスを過ごしたいからだよ」

「……そう、ですか」

 心臓に悪い光景と言葉を食らったと、リンは感じた。じわじわと身体が熱くなる。驚いた心臓が不必要に血液を送り出し、その勢いによって熱を生み出しているに違いない。

「……いい、ですよ」

 硬直している舌を必死に動かして、リンが言った。視線をセドリックの顔から逸らし、うようよと泳がせる。しかし、どこを見ればいいんだろう……視線を下ろして前を向いても、セドリックの上半身を見ることになって、なんとなく緊張する。距離が近い。

「パーティーに、あなたと行きます……から、ちょっと、はなれてください」

 頬を染め、どこか必死な様子で言うリンに、セドリックは目を丸くしたあと、うれしそうに笑った。

4-41. パートナー探し
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