「……どうした、ディゴリー」

 月曜日の夕食後、練習用に使っている空き教室に足を踏み入れたジンは、椅子に座って項垂れているセドリックを見て目を瞬かせた。何があった。

 三校対抗試合の第一競技は、十一月二十四日の火曜日の午後から行われる。つまり今日(十一月二十三日の月曜日)は、試合の前日である。前夜のテンションとして、これはまずいのではないかと思う。

「何かあったのか?」

 彼の方へと歩み寄り、尋ねる。すると、セドリックの横からぬっと人の手が現れ、ジンに手を振った。

「昼間ハリーに、課題について教えてもらったらしいぜ。それから、よく分かんねぇけどずっとこの調子」

 エドガーだった。床に座り込んで一人チェスをしていたらしい。それを見ていくつか疑問が生まれたが、ジンは気にしないことにした。代わりにべつの質問を投げかける。

「課題? 明日の対抗試合のか?」

「ほかに何を教えんだよ。マクゴナガルのレポートとでも思ったのか?」

「対抗試合の課題の内容を、彼が知っていたと?」

「ドラゴンだって言われたよ。それに、フラーとクラムも知ってるだろうって。マダム・マクシームとカルカロフが教えた可能性があるらしい」

 ようやく顔を上げたセドリックが言った。白く硬い表情が見える。ジンは「最初から不正行為の連発じゃないか」と渋面をしつつ、壁際に寄る。相変わらず壁際が好きなやつだとエドガーが思う間に、ジンは壁を背にして立ち、腕組みをした。

「しかし、ドラゴンか……策はあるのか?」

「一応は。直接的な呪文は効かないだろうから、囮をつくり出して気を逸らさせようかと思ってる」

「生半可な囮ではドラゴンは出し抜けないぞ」

「分かってる。だから、囮に呪文を重ねようか考えてる」

 静かに言って、セドリックはじっと考え込む。その瞳が不安定に揺らめいているのを見て、ジンは無表情のまま口を開いた。

「ディゴリー、なにか他事を考えてないか?」

「……ごめん」

 謝罪すなわち肯定を受け取り、ジンは息をついた。そんな仕草をするときでもピンと背筋を伸ばした姿勢を保つ友人に、エドガーは少し呆れた。座るなり壁にもたれるなり身体の軸をずらすなりすればいいのに、まじめなやつだ。

「ポッターから親切に教えてもらったことで、複雑な心情になってるのか? たしかに自尊心は多少傷つくかもしれないが、ほかの面々が知っているというなら、教えてもらったことに感謝を、」

「違うって、ジン。ハリーと会って、最近あいつがリンと仲がいいのを思い出してモヤモヤしてんだよ」

「その件については、もう話しただろう。彼らの間に恋愛感情はない。それよりは、ポッターの言った内容が真実かどうか、信用していいのかを懸念してるんだろう」

「リンは恋愛感情を持ってないとしても、ハリーは分からないぜ。セドはそこを心配してんだ」

「……ディゴリー。答えは?」

 エドガーを相手に議論しても仕方ないと諦めたのか、ジンが当人に矛先を向けた。セドリックは、しばしの沈黙のあと「……全部」と呟いた。エドガーが脱力し、ジンが半眼になる。

「……差し当たり火急な問題であるドラゴンのことを考えた方がいいと思うが」

「まあそう切り捨ててやるなよ、ジン。長い片想いなんだぜ」

「……そこまで長くないよ」

 気を取り直してニヤニヤするエドガーに、セドリックが苦い顔をする。ジンはふと首を傾げて、エドガーに視線を向けた。

「ディゴリーは昨年度、ウォルターズとチャンと三角関係だと言われてなかったか?」

「あれはただの噂っつーか、周りの勘違いだな。だれかさんがチョウを振ったから、俺らがあいつから恋愛相談受けてたんだよ」

「………」

 閉口して遠くを見やるジンに、エドガーが「あんなに健気で一途な子を振るなんて、もったいねぇの」とニヤニヤ笑う。ジンは「おまえには関係ない」と一蹴した。エドガーは肩を竦める。

「たしかに俺は関係ないかもしんねぇけど、リンは関係してくると思うぜ」

「リンが?」

 どういうことだと目で問うてくるジンに、エドガーは微妙な感慨を覚えた。リンの話になると食いつくのか、こいつ。さきほどまで話を打ち切りたいという雰囲気を醸し出していたくせに。なんというか、おもしろい。同時に、チョウが不憫に思える。

 そんなことを考えながら、エドガーは「クィディッチの試合で、リンが吸魂鬼に襲われたときがあったろ」と前置きから始めた。

「そのとき、おまえ、かなり取り乱して医務室に乗り込みまでしただろ。あれけっこうインパクトあったみたいでさ、噂になったぜ。ジンはリンを相当大事にしてる、もしかして惚れてるんじゃないかって」

「………」

「そのせいで、チョウがこれまたかなーり落ち込んだんだよな。意気消沈っていうのか? よくエッジコムとかに慰められてた。で、チョウのグループはいま、リンに対してちょい非友好的。あーでも虐めとかそんなことはないから安心しろよ」

 当人でもないのになぜか詳しく事情を把握しているエドガーの傍で、セドリックは気まずそうに視線を彷徨わせている。ジンはというと、硬直していた。

(……知らなかった)

 まさか、自分の知らないところで話がそこまで進展(飛躍)していたとは。人間(とくに女)の考えることは、本当にわけが分からない。しみじみとジンは思った。とりあえず自分の疎さを改善したい。あと、リンに申し訳ない……。

 まじめに考え込むジンとは反対に、エドガーは頭の後ろで腕を組み、のんびりした調子だ。なんとなくリンに似ていると、ジンは思考の片隅でぼんやり思った。

「まあ、チョウの件は時間が解決するとして、ジンのお悩み相談は終わり! ――― 心配すんなって。チョウはだんだん諦めがついてきてるし、あいつ人気だからすぐ新しい恋が芽生えるさ。聞くところじゃ、最近はハリーにいい顔してるらしいし」

 ジンの表情を見て、エドガーがつけ加えた。それを聞いてジンは、それはそれで心配だと思った。そこで三角関係を形成されたら、たまったものではない。

 眉を寄せたジンから視線を外して、エドガーはセドリックを振り返った。ニカッとした笑顔を顔に浮かべる。

「んで、セドはとりあえずドラゴンをやっつけて、リンにいいとこ見せろよ。惚れさせろ!」

「う、ん。がんばるよ」

 微笑もうとして失敗しているセドリックの膝を、エドガーはバシバシ叩く。

「大丈夫だって。学年一の頭脳であるジンがバックについてんだぞ? 自信持てよ」

「その通り。ディゴリー、自信を持て。不安に支配されては実力を出し切れない。ということで、不安を少しでも取り除くべく練習を始めるぞ。すでに二十分も経過してる」

「マジか。まったく、無駄話してっから! 急げ、セド」

 つられて時計を見て目を丸くしたエドガーが慌てたように声をかけた。しかし裏腹に、チェスを片づける動作はのろい。ジンは溜め息をつき、セドリックも苦笑した。


「動く的がほしい。ウォルターズ、役を買って出ろ」

「お断りだ。ミセス・ノリスかピーブズでも捕まえてこいよ」

「おまえが連れてこい」

「そんな大役、俺なんかじゃ務められないので、天才様に頼むわ」

「俺はディゴリーの指導で忙しい」

「だからって押しつけんなよ。ああ分かった、さては自信がないんだな?」

「残念だが、俺は煽動にも挑発にも乗らん。そういうことにしてやるから行ってこい」

「くっそ、このクール気取りのインテリが」

 リズムよくかつ至極まじめな調子で会話を交わす二人を見て、セドリックはふと笑い、身体から緊張が抜けていくのを感じたのだった。

4-36. 「第一の課題」前夜

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 原作を改変してしまいました、セドチョウ好きな方ごめんなさい。

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