「ドラゴン?」

 小首を傾げるリンの横で、ハーマイオニーは言葉も出ない様子だった。いつ見ても対照的な反応をする二人だと、スイは思った。

 ハリーはというと、ニュースは一気に言ってしまいたいらしく、二人の反応を無視して、昨晩シリウスと話した内容を早口に語る。

 カルカロフが「死喰い人」だったという情報。彼と彼の生徒を警戒せよという忠告。彼を監視するためにムーディが呼ばれたのだろうという推測。ホグワーツに来る前の晩に起きたムーディへの寄襲やバーサ・ジョーキンズの失踪に対する疑念。「死喰い人」の動きが活発化していることと、ハリーの名前が「炎のゴブレット」に入れられたことの関連性……。

 聞いているスイが混乱するほどの量と速度だったが、学年トップの頭脳を持つ二人は造作もなく理解できたらしい。ハリーが話し終えてすぐ口を開いた。

「ひとまず状況は理解した」

「とりあえずカルカロフは後回しね。まずはドラゴンをどうにかして、あなたが火曜日の夜も生きていられるようにしなくちゃ」

「それより、私、君とシリウスが暖炉で話すこと聞いてなかったんだけど」

「それにしても、肝心なところで邪魔するなんて、ロンったら!」

「話題を統一してくれないか?」

 一貫性に欠ける会話を、ハリーが遮った。スイが尻尾を一振りする。ハーマイオニーはすぐにハッとして赤らんだが、リンはパチクリ瞬いただけだった。

「えっと、とりあえず、ドラゴンを倒すのが最優先事項なんだよね?」

「ドラゴンを倒すのは不可能だよ」

 確認を入れるハリーに、ハーマイオニーが頷く傍ら、リンが言った。

「ドラゴンの皮には古代からの魔法が浸透してる。並大抵の物質や呪文ではその皮を貫くことができない。だからドラゴンの革が保護手袋とかに使われてるんだよ」

「でも、課題になるってことは、どこかに弱点があるはずよ」

「ハーマイオニー、倒すとは決まってないでしょう? そんな難題を、ほかの人がどうであれ、ダンブルドアが学生たちに課すわけがないんだから」

「チャーリーはうまく出し抜くだけだろうって言ってた」

 ハリーが呟いた。昨夜もらった情報を、記憶から引っ張り出す。

「ひどいことになりかけたら呪文をかけられるように、ドラゴン使いが控えてるって」

「そう。じゃあ、自分の身を守るかドラゴンを翻弄するか、またはその両方ができる手段を見つければいいわけだね」

 淡々と言ったリンに、ハリーが「そんなの無理だ」という表情を顔に貼りつけた。ハーマイオニーも青い顔をしていたが、意見を言うだけの余裕はあった。

「私、前に本で『盾の呪文』っていう呪文を見たことがあるわ。それを使えば、少しは ――― あ、でもこれって、ドラゴンに効果はあるのかしら? 打ち破られたら悲惨だわ……じゃあ『取り替え呪文』とか。でも、何をどう取り替えればいいの?」

「どう使うか以前に、呪文そのものがドラゴンにはまず効かないと考えた方がいいよ」

「じゃあ、これはどう? 自分自身に呪文をかける。ああ、待って、ダメ……むずかしすぎるわ。まだ授業で習ってないもの……」

 ブツブツ呟きながら、ハーマイオニーが考え込む。リンもスイを撫でながら沈思黙考していた。ハリーはどうしようか迷ったあと、リンに声をかけた。

「ねえ、リン」

「……なに?」

「リンなら ――― 参考までに聞きたいだけなんだけど、リンがドラゴンと対戦するとしたら、どうやって戦う?」

「私だったら?」

 パチクリ瞬いて、リンはハリーを見つめた。スイもハリーを見る。ハリーは辛抱強く待った。しばらくして、リンが静かに言葉を発した。

「……私だったら、自分の得意分野に持ち込むかな」

「得意分野に持ち込む?」

「私が得意なのは、結界を張ること。だけど、ドラゴンほど大きなものをすっぽり囲む結界なんて、一瞬では形成できない。自分に結界を張って特攻しても、たぶんドラゴン相手じゃ防御しきれない。だから、うまく結界を利用できる状況をつくり出す」

 それ魔法じゃなくて超能力合戦じゃん。スイが呆れ顔をした。だが、その辺りの事情をよく知らないハリーは、黙って素直に耳を傾けている。

「必要なら、符とか式とか使う。あと、方陣を描くとか」

「でも、武器は杖だけだ」

「一次的な手段としてはね」

 制止をかけたハリーに、リンが笑った。ハリーとスイが目を丸くして、そろってリンを見つめる。リンはスイを一撫でした。

「武器が本当に杖一つだったら、残念ながら何もできないよ。だって、選手が使おうと考えてる呪文は、呪文すなわち魔法であって、杖ではないもの」

「それ、屁理屈よ」

「屁理屈だって上等でしょう?」

 いつの間にか思考を切り上げたらしいハーマイオニーが、会話に入ってきた。渋い顔をする彼女に、リンが口角を上げる。

「たとえば、杖を向けて呪文を唱え、杖の先から鳥を出現させる。その鳥に相手を攻撃させる。さて、これは反則になるか? ならないでしょう?」

「そりゃあ、反則ではないわ。でも、」

「杖を使って戦う。要するに、杖が一次的な手段であれば、直接的な武器として使うのが二次的なものでも三次的なものでも構われないってこと。だから、必要なものを、杖と呪文を使って出したり取り寄せたりすればいい」

 淡々と平然と言うリンに、ハリーは目を瞬かせた。言われてみれば、たしかにその通りだ。よく頭が回ると感嘆する。ハーマイオニーも呆れ顔で溜め息をついてはいるが、異論は出てこない様子だった。

「それで、ハリー、参考になった?」

 首を傾げるリンに、ハリーは我に返って、慌てて考える。

 ハリーが得意とする分野は、クィディッチ ――― 飛ぶこと、避けて探して捕まえることだ。飛ぶには箒が必要だ。それを取り寄せるために必要な呪文は……まだ会得できていないが、授業で習っている。

「……リン、ハーマイオニー。手伝ってほしいんだ」

「なにを?」

「僕、明後日までに『呼び寄せ呪文』を使えるようにならないといけない」

 ハーマイオニーの相槌に、ハリーが真剣な表情で答える。リンは『まだ習得できてなかったのか』と日本語で呟き、スイに頬を叩かれた。

4-35. 対ドラゴン作戦会議
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