シルバーブルーの鱗、長く鋭い角、鞭の如くしなる尻尾。唸り、牙を鳴らして威嚇している巨大ドラゴンを目の前にして、セドリック・ディゴリーは固まった。

 ついにやってきた試合当日。観戦用スタンドの隅に立ったリンは、じっとドラゴンを見た。肩にはスイ、隣にはジンが立っている。

 今日はジンの誘いを受け、この三人での行動だ。ちなみに、ケイとヒロトも一緒に来たがったが、ジンに威圧されて引き下がった。この広い観客席のどこかでデニスとコリンと騒いでいるだろう。

「……あのドラゴン、けっこうかわいいですね。ミニチュア版でほしいです」

「どこ見てんだよ」

「せめてディゴリーを見てやれ」

 ぽつりと呟くと、スイとジンからツッコミを入れられた。二人は杖を上げたセドリックを見ている。そっと息をついて、リンも視線を向けた。

 グラウンドにあった岩が一つ、鳥へと姿を変えた。さらにセドリックが呪文を行使して、鳥が巨大化した。翼を閉じた状態でも、ドラゴンの頭より大きいのが分かる。

 スウェーデン・ショート‐スナウトがじろりと鳥を睨んだ。セドリックが合図して、鳥がショート‐スナウトに向かって飛来していく。

「おお、そう来るか!」

 解説のバグマンが叫んだ。観客もそれぞれ興奮した声を上げている。なにやら首を傾げるスイを見やるリンの横で、ジンが息をついた。

「なるほど、たいした囮だな」

「鳥なら、相手の意識を上方に向けさせることができますからね」

 与えられた課題は、金の卵を取ること。そのためには母親ドラゴンの目を卵から離さないといけない。それに、卵を取ろうとする者を悟らせないことも必要だ。だから囮作戦はなかなかいい線だ。

 囮の陣地を空中にしたのも賢いと言える。地上では行動範囲が狭く、ゆえに攻防の巻き添えを食らいかねない。なによりショート‐スナウトがセドリックの存在に気づく恐れがある。

 正直に言えば、動きを止める作戦の方が安全だと思う。だがそれには相当な実力が必要なので、致し方ないのだろう。身の程を知っているのは美徳だと、ジンは思った。

「どうでもいいですけど、あの鳥、たぶんジン兄さんを意識してますよ」

 ひらりひらりと空を舞ってショート‐スナウトの吐く炎を避けて陽動役を務める鳥を見つめて、リンが呟いた。

「あれ、鷹でしょう?」

 指摘を受けて、ジンは瞬いた。その通り、鷹だ。ホグワーツで鷹と言えば、みんなが思いつくものは一羽……ジンのペットだ。そう思い当たって、ジンはふっと笑いを漏らした。スイも尻尾を揺らす。

「妙な趣向を凝らすやつだな」

 ジンの視線の先で、セドリックは慎重に歩みを進めていた。グラウンドにある岩を次々と「肥大呪文」で大きくして、その影に隠れながら着実に卵へと近づいていく。観衆は息を呑んで見守っていた。

「……もっとキビキビ行けばいいのに」

 慎重すぎないかとリンが呟く。ジンとスイはコメントを返さないことにした。セドリックはリンほど怖いもの知らずではないし、身体が大きいぶん見つかったときの防御が困難なのだ。

「さあ、慎重に……時間よりも一回での成功を狙っていきます」

 バグマンもひっそりと解説をしている。プレッシャーをかけているようにしか思えない。少し黙っていられないのかと、ジンは思った。もともと彼の軽薄なところは好いていない。

 ついに、卵に一番近い岩の影にセドリックが潜り込んだ。ショート‐スナウトが鷹に向けて炎を発射するのを窺い見て、杖を構える。鷹が突然、ショート‐スナウトの頭の上を旋回して喧しく鳴き出した。

 セドリックが駆け出した。ショート‐スナウトが鷹を追いかけて二歩ほど卵から離れ、首を伸ばして鷹に噛みつこうとした瞬間だった。杖を向け、鷹をもっと騒がせて、ショート‐スナウトが鷹を目掛けて炎を吐く下で ――― 卵を取った。

「やった! ――― おおっと!」

 拍手したバグマンが息を呑んだ。爆発しかけた観声も消える。スイがパッと目を覆う。ショート‐スナウトがセドリックに気づき、太い鞭のような尻尾を振り下ろしたのだ。かろうじて避けたセドリックに、ショート‐スナウトが顎を開く。

「危ない! もう一撃くるぞ!」

 バグマンの注意と同時か、それより一瞬早く、セドリックは慌てて杖を上げた。鷹が急降下して両者の間に滑り込み、そこで縮み、元の岩に戻った。

 ショート‐スナウトはカッと目を見開いた。炎を吐くのを止め、尻尾を横殴りに払って岩を弾き飛ばす……近距離における落下の衝撃で、卵が悪影響を受けるのを懸念したのだろう。

 セドリックは焼き焦げになるのは免れたが、風のうねりを食らって数メートルほど吹き飛ばされた。

「なんと! 大丈夫か!」

 セドリックは幸いにも岩にぶつかりはしなかったが、重い音を立てて地面に転がり込んだ。彼を心配してバグマンが叫んだ。観衆も立ち上がっている。スイもガタガタ震えていた。

「……大丈夫だよ」

 スイを撫でたリンが言った直後、セドリックが身じろぎ、ゆっくり身体を起こした。口元が赤い……鼻血を流しているようだ。それ以外には、目立つ外傷はない。視線を彷徨わせたあと、セドリックは微笑んで、大事に抱え続けた卵を掲げた。

「無事です ――― やりました! 課題クリアです!」

 不安そうな顔つきから一転、笑顔のバグマンが叫んだ。それを掻き消すくらい、スタンドから大観声が上がる。ドラゴン使いがショート‐スナウトに駆け寄っていく。

「さて、審査員の点数です!」

 ショート‐スナウトが連れ去られたあと、バグマンが意気揚々とアナウンスした。袖で鼻を押さえながら、セドリックが顔を上げる。スプラウトが走り寄って、止血用の布を渡し、彼の身体を支えた。

 リンが審査員席を見やると、マダム・マクシームが杖先から「 7 」を出したところだった。続いて、クラウチ氏が「 8 」、ダンブルドアが「 9 」、バグマンが「 8 」を出す。最後のカルカロフは、一瞬の間を置いたあと「 6 」の数字を出した。

「まずまずの点だな。若干名、依怙贔屓の疑惑があるが」

 ジンが舌打ちをした。スイは「まあ」と適当に相槌を打って、尻尾を揺らした。リンは何もコメントをせず、セドリックが囲い地から連れ出されていくのを見送っていた。マダム・ポンフリーのところで手当てを受けるに違いない。

「……行くか」

 唐突にジンが腕組みを解いて歩き出した。リンが「どちらへ?」と首を傾げると、セドリックのところだと言う。

「次の試合は見ないんですか?」

「デラクールの試合よりディゴリーの容態の方が気になる」

 なるほどと頷いて、リンは彼のあとを追った。突然の移動にバランスを崩しかけたスイが、慌ててリンのローブを掴む。

「君も行くのかよ!」

「だって、兄さんとセドリックの交流に興味あるもの」

「……そこは嘘でもいいから『セドリックが心配だから』とか言っときなよ」

 やれやれと首を振るスイに、リンは不思議そうに瞬いた。

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