「ねえ、リン。せめて友人たちの態度をどうにかできないの?」

「注意しても表面的なところが変わるだけで、根本的な解決にならないんだよ」

 苛立っている様子のハーマイオニーに、リンは肩を竦める。すぐ横にいたハンナたちが、ハーマイオニーの隣にいるハリーを見て顔をしかめ、リンに合図をして歩き去ったところだった。

 彼らの胸に輝く「セドリック・ディゴリーを応援しよう」バッジを見て、ハリーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。それを見て、リンが苦笑する。

「スーザンとうちのクィディッチ・チームのメンバーは全員、バッジもつけてないし君に敵対的でもないから、そこは安心してよ」

「そんなにたくさんの人が味方だなんてうれしいよ」

「いや。味方じゃなくてセドリック寄りの中立」

 皮肉を撥ね返すリンに、ハリーが閉口した。ハーマイオニーが眉を吊り上げる。

「なんでフォローして突き落とすのよ!」

「変に期待して、真実を知ったときに裏切られたとショックを受けずに済むように、かな」

 首を傾げるリンにハーマイオニーの平手が飛んだが、造作もなく避けられた。ハーマイオニーがギッと鋭い目でリンを睨む。

 そのときセドリックが傍を通りかかった。エドガーと並んで歩き、大勢の女子生徒に追いかけられている。女子みんなが、ひどく冷たく侮蔑的な目でハリーを見た。

 ハーマイオニーが睨み返す横で、リンは「無視するのが手っ取り早いのに」と、のんびりとリンの腕の中で爆睡しているスイを撫でる。

 こちらに気づいたセドリックが、リンに微笑みかけた。そのあと、ふとハリーに視線を移して笑顔を消し、できるだけ素早くハリーから離れた。

 取り巻きがハリーから興味を失って、セドリックを追いかけていく。エドガーは一人のんびりとして、リンに手を振って歩いていった。

「……あちらもあちらで大変そう」

「あっちは好意的だからマシでしょうよ! ハリーをご覧なさい、孤独よ!」

「ハーマイオニー、君が一番ストレートに傷つけてる」

 珍しくリンがツッコミを入れた。影が落ちたハリーを見て、ハーマイオニーが「まあ、私ったら」という顔で慌てている。

「……とりあえず、昼食を取らない? 視線が気になるなら、目くらましの結界でも張るから」

 タイミングよく起きたスイを抱え直して、リンが提案した。ハリーは「ぜひ頼むよ」と力なく笑った。



「この結界、ずっと僕の周りに張り続けてくれればいいのに」

 久しぶりの開放感を味わいながら、ハリーが言った。この結界のおかげで、蔑むような目を向けられることも、嫌味な野次を飛ばされることもない。平穏無事とはこのことかもしれないとハリーは思った。

「疲れるから、いや」

「姿を見えなくするだけじゃ、なんの解決にもなってないでしょ」

 ピシャリと女子二人から言葉が飛んでくる。何も言えなくなったハリーに、ハーマイオニーがポテトをよそいながら続ける。

「そもそも、あなたにもっと強い忍耐力があれば問題ないのよ」

「どんな事態においても発言を信じてもらえるだけの、しっかり安定した人望のほうが、あればよかったと思うけど」

「ン ――― それもそうね」

 パスタをくるくる巻きながら淡々と言うリンに、ハーマイオニーが同意する。なんて容赦のない……。スイは尻尾を垂れ下げた。ハリーも、この二人は本当に自分の味方なのだろうかと一瞬だけ疑った。

「あとは、まぁ、タイミングと人運の悪さかな……リータ・スキーターに当たるなんてツイてない」

 パスタが巻きついたフォークを口に運ぶリンのセリフに、ハリーは胃袋が急に重くなったような気がした。もぐもぐと咀嚼するリンの横で、スイが生のリンゴにかじりついた。

 十日ほど前、「日刊予言者新聞」に大きな記事が載った。ハリーの人生を脚色しまくった記事で、一面大見出しでは飽き足らず、二面、六面、七面にまで続いていた。

 元は三校対抗試合についての記事だったらしいが、ハリーだけが大きく取り扱われ、クラムとデラクールは(綴りミス付きで)最後の一行に詰め込まれたし、セドリックに至っては名前さえ出ていなかった。

 これによって、ハッフルパフ生を中心に生徒からの風当たりがさらに冷たくなった。ボーバトンやダームストラングの生徒も気を悪くしたようだ。おまけにロンとの仲も余計に拗れたらしい。悲劇的だ。

「なんていうか、状況ってここまで悪化できるものなんだね。逆に感心する」

 パスタを食べ終え、アップルパイに手を伸ばしたリンが言った。本当に感嘆している調子だった。スイがカップから紅茶を飲む様子も見て、ハリーは微妙な気持ちになった。

「他人事だと思って……」

「実際、他人事だもの。ハーマイオニーは恋人の危機で大変そうだけど」

 スキーターの記事の中でハーマイオニーがハリーのガールフレンド扱いされたことを揶揄するリンに、ハーマイオニーが眉を吊り上げる。彼女が口の中を空にして喋りだす前に、リンは「冗談だよ」と謝罪した。スイがヒョイと尻尾を振る。

「男女の友情が成立することと、ロンも交えて三人で一緒にいることを、スキーターが見落としてただけ。まぁ、たぶん、それがロンの機嫌を悪くしたんだろうけど」

「ロンの名前が記事に出てこなかったから?」

「うん。コリンが親友扱いで出てたのに、ってのもあると思うよ」

 ハリーの疑問に答えて、リンはパイを口に運んだ。ハーマイオニーが「まったく、ロンったら!」という雰囲気を醸し出す横で、今日もパイは美味しいなぁと思う。

「ハリー、あなたいつになったらロンと話をするの?」

 スペアリブにフォークを突き立て、ハーマイオニーがつっけんどんに言った。頑固な友人たちに挟まれ、ストレスが溜まっているらしい。もう放置しておけばいいのに、ご苦労様だ。紅茶を飲みながら、リンは思った。

「あいつが自分の非を認めて謝るなら、また口をきいてもいい」

 ハリーもつっけんどんに返した。ガチャ、ハリーの手元で皿とナイフが衝突する。

「僕から始めたわけじゃない。あいつの問題だ」

「よく言うわね、ロンがいなくて寂しいくせに! 言っておくけど、ロンだって、」

「ロンがいなくて寂しいだって?」

 ピリピリするハーマイオニーを遮って、ハリーが繰り返した。「ロンだって寂しいと思ってるのよ」という言葉が、掻き消される。

「ロンがいなくて寂しいなんてことは、ないね」

 フンと鼻を鳴らすハリーに、リンが『嘘つき強がり寂しがり』と、あえての日本語で呟く。スイがパシリと尻尾でリンの腕を叩いた。

「……まぁ、第一の課題を乗り越えたら少しは状況が改善されると思うから、それまで頑張りなよ」

 ナプキンで手を拭いて、リンは言った。

「けっこう過酷で危険らしいからね。死にそうに戦ってるところを見れば、ロンも目を覚まして、みんなの怒りも鎮まるんじゃない?」

「リン、あなた、励ましてるのか不安にさせてるのか、どっちなの?」

「一応、励ましてる」

 一応かよ、という気持ちを込め、スイがリンの腕を叩く。たまたま伸びていた爪がリンの皮膚を引っ掻いた。

 リンは、慌てて逃げようとするスイを捕獲して膝の上に乗せた。そのまま片手で抱え込んで、ぐりぐりと頭部を圧迫する。

 ギャアアと悲鳴を上げるスイと、無表情で仕返しを続けるリンを見て、ハリーは、ぐだぐだ悩んでる自分がバカらしいと、そのときだけ思った。

4-33. 膨らむ敵対心
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