| 大広間を覗くと、誰もいなかった。食事すら出ていない。
溜め息をついて、リンは踵を返した。朝食のあとに行くつもりだったが、先にフクロウ小屋に行こう。昨晩シリウスとリーマス宛てに書いた手紙を出さなければ。
フクロウ小屋に入ると、止まり木に並んだフクロウたちがリンを見下ろしてきた。ヘドウィグが一鳴きし、ピッグウィジョンがリン目掛けて飛び下りてくる。
「……主の許可なく使うのは、気が引けるな」
難なくキャッチしたピッグウィジョンを見下ろして、リンは呟いた。この子では少し不安だという思いもあるが、それは表に出さないでおく。
「……そこの茶色いメンフクロウさん、頼める?」
くるりとフクロウを見渡したあと、リンは一羽のフクロウに呼びかけた。指名されたフクロウは、ホーと一鳴きして、パタパタと舞い降りてきた。リンの肩に止まり、脚を差し出す。
リンは手紙を括りつけ、フクロウを撫でた。気持ちよさそうに目を閉じたフクロウは、リンの「お願いします」という声に目を開けて、もう一度ホーと鳴き、翼を広げて飛び立った。
それを見送って、ピッグウィジョンとヘドウィグに手を振って、リンは大広間へと帰った。今度は数人の生徒と教師がいて、朝食も振る舞われていた。
ハッフルパフ生は誰もいない。あの二人はまだ話をしているらしい。グリフィンドールのテーブルにはロンがいた。ネビル、ディーン、シェーマスと一緒だ。ハリーはいない。
首を傾げていると、一人ぽつんと座っているハーマイオニーが目に入った。ナプキンにトースト数枚を包んでいる。リンは歩み寄り、隣の席に腰かけた。
「おはよう、ハーマイオニー。ロンはいったいどうしたの?」
ロンを指差すリンを見て、ハーマイオニーは瞬きをした。そして、深々と溜め息を吐き、首を横に振る。それだけでリンは理解した。
「……羨望と嫉妬を拗らせたのか」
「ええ、そう。……リン、なんとかできない?」
「彼らの問題でしょう? どちらも頑固だし、首を突っ込んでも仕方ないと思うよ」
「俺らの架け橋にはなってくれたのに?」
「あなた方は、一押しすれば勝手に解決してくれますからね」
突然のしかかってきたエドガーを、リンは淡々と払い落とした。ハーマイオニーがついていけずに目をパチクリさせる。セドリックが苦笑した。
「おう、おかげさまで解決したぜ。結論はこうだ。俺はセドリックを全面的に応援する。けど、ハリーを敵視することはしない!」
「耳元で叫ばないでください」
「ありがとな、リン。おいセド、食うぞ!」
好き勝手に一方的に言って、エドガーは去った。がっしり肩を掴まれて、セドリックが引きずられていく。ただし、リンとすれ違うときに、セドリックも小さく礼を述べた。リンは瞬いて、どういたしましてと呟いた。聞こえなかったかもしれないが。
「……なにがあったの?」
「羨望と嫉妬を拗らせてた。たったいま解決したみたいだけど」
呆然とするハーマイオニーに、リンが答えた。そのまま自然に話題を流す。
「それで、ハリーはまだ寝てるの?」
「ええ……だから私、トーストを持っていってあげようと思って」
「そう。じゃあ早く行った方がいいんじゃない?」
「分かってるわ。リン、ちょっとでもいいからロンを説得しておいてね」
「断る」
「よ・ろ・し・く・ね!」
ずいっと詰め寄って念押ししたあと、ハーマイオニーは、リンが文句を言おうとするのを無視して、さっさと歩き去った。残されたリンは溜め息をつく。本当に人使いが荒い。
やれやれと立ち上がって、リンはロンたちの方へと歩いていった。「失礼」と声をかけて、ロンの正面、ディーンの隣に腰かける。ネビルとシェーマスがうれしそうに挨拶をしてきた。簡単に返して、リンは紅茶をカップに注ぐ。
「どうしたんだ? リン、なんでグリフィンドールに?」
ディーンが首を傾げた。リンは「ハッフルパフ生が誰もいないから」と返して、トーストを取り、近くにあったブルーベリージャムを塗って食べ始める。
「でも、ウォルターズ先輩とディゴリー先輩がいるのに?」
「いいだろ、ネビル。かわいこちゃんのディゴリーより僕らの方に来てくれたんだから、喜べよ」
ネビルの問いは、シェーマスに撥ねつけられた。彼はアンチ・セドリックなのか。リンがディーンに小声で問うと、ディーンは肩を竦めて苦笑した。
「じゃあ君たちはハリーを応援するんだね」
リンが言うと、三人は笑顔で頷いた。ロンだけは突然オートミールを食べるのに忙しくなり、肯定も否定もしなかった。それを眺めつつ、リンは話を続ける。
「寮に味方がいるなら安心だね。なにしろ、ハッフルパフは全面的にセドリック派で、ハリーのことを敵対視し始めてるから」
「ウン、まあ、そりゃあな」
咀嚼したポテトサラダを飲み込んで、ディーンが理解を示した。シェーマスは気に入らない顔をして、ネビルは不安そうにソワソワし出す。ロンは無反応を装っている。
「スリザリンがハリーを応援するわけはないし、レイブンクローも、ハリーが自分から立候補したと思い込んで、気に入ってない雰囲気らしいし」
「思い込んで? ハリーは自分で名前を入れたんだろ?」
ベーコンを頬張ったシェーマスが言った。ディーンから「口の中を空にしてから話せよ」と注意が飛ぶ。リンは頬張ったトーストを素早く咀嚼して飲み込んだ。
「あり得ない。ダンブルドアの『年齢線』を騙して越えることは、よほどの魔法使いじゃないとできない。上級生に名前を入れてもらうことも不可能だ」
何か言おうと口を開きかけたディーンを遮って、リンは続けた。ロンはおかわりしたオートミールを意味もなくかき混ぜている。
「ハリーだけでなく、セドリックの名前も出てきた。『炎のゴブレット』は一校から一人を選出する。四つ名前が出てきたから、ゴブレットが認識した参加校が四つだったことが分かる。となるとハリーは、架空の四つめの学校からの候補者として名乗りを上げたことになる。でなければホグワーツから二人も選手が選ばれた説明がつかない」
ネビルたちが、リンの立てる論理についていけず、ポカンと間抜け面をしている。しかしリンは気に留めずに話し続ける。
「三校対抗試合の代表者の選出を代々務めてきた『炎のゴブレット』が、存在しない四校目の学校を易々と認識するのか。答えは否。となると、あのゴブレット自体が騙され、参加校が四つあると思い込ませられた。そんな芸当を、あれだけ強い魔力を持っている『炎のゴブレット』を相手にやってのけるなんて、学生じゃ無理だ。すると、」
「もう無理! 分からない! 頭が痛い!」
シェーマスが叫んだ。ふと瞬いたリンは周りを見渡す。シェーマスはぐったりして、ネビルは目を回し、ディーンは考え込んで唸っている。ロンは呆然とリンを見つめて、黙り込んでいた。
「……まぁ、あの、言いたいことは一つだから」
やり過ぎたと反省しながら、リンが、主にロンへ向けて言った。
「いまのハリーは、周りが敵だらけで大変だから、傍で支えてやってね。親友さんたち」
「前置き長すぎだよ、リン!」
シェーマスが半泣きで訴えた。リンは苦笑して、まだ食べかけのトーストを頬張った。早く食べ終えて退散しよう。
4-32. こじれた友情
**** 話が急展開すぎて申し訳ない……
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