| 第一の課題が行われる火曜日が、あっという間に近づいてきた。
その直前の土曜日、ホグズミード行きの許可が出たので、リンとスイはハンナたちと一緒に村を回っていた。休日にまで「セドリック」バッジをつけている友人たちに、リンはスーザンと顔を見合わせ、そろって溜め息をついた。
「ちょっと寒いわね……『三本の箒』でバタービールでも飲まない?」
ベティの提案に、くしゃみをしたスイを心配したリンが同意を示したので、一行は「三本の箒」へと向かった。
パブは混み合っていた。まずホグワーツ生が多い。それからボーバトンやダームストラングの生徒もちらほら見かけた。カウンターにリータ・スキーターを見つけたので、ハンナたちが渋い顔をした。
適当なテーブルに着いて、リンたちはバタービールを飲んだ。ついでにいろいろと話に花を咲かせる。買い込んだ菓子をさっそく封切るベティに、スーザンとジャスティンが呆れた。その横で、ハンナとアーニーが便乗して蛙チョコレートを食べ始める。ハンナの口から茶色い蛙の足が見える様は、食べ物だと分かっていてもシュールだとスイは思った。
スーザンとベティ、ジャスティンが「百味ビーンズ」でゲームを始め、ハンナとアーニーがカードの交換をし出す。ぼんやり眺めていたリンは、ふと視線を滑らせた。
そんなに遠くない隅のテーブルに、ハリーとハーマイオニーがいた。ただハリーの方は「透明マント」を着ているらしかった。リンは金色に光る目をパチクリさせ、やおらスイを抱えて立ち上がり、それぞれ盛り上がっているベティたちを放置して、ハリーたちに近づいた。
「こんにちは、ハリー、ハーマイオニー」
二人が顔を向けた。驚いた表情の二人に笑い、リンは空いている椅子に腰かけた。スイがテーブルの上に上がり、ハーマイオニーが広げているノートを覗き込む。S・P・E・Wの会員名簿だった。
「私の結界の代わりに、いいものを見つけたね、ハリー」
転移で取り寄せたバタービールを一口飲んで、リンは笑う。ハリーは曖昧に微笑み返した。一方、ハーマイオニーはフンと鼻を鳴らす。
「私はいやよ。みんな、私が独り言を言ってると思って、じろじろ見てくるんだもの」
「じゃあ変装でもさせればいい。またポリジュース薬でも作れば?」
ハリーがバタービールを吹き出しかけた。ハーマイオニーもあんぐり口を開けて、リンを見つめている。リンは首を傾げた。
「……冗談だよ? 作るの大変だし、下手な人には変身できないし」
「そうじゃなくて。あなた、どうして知ってるの?」
「あぁ、マートルが教えてくれた。彼女とは世間話をする仲だから」
無造作に言うリンに、二人が微妙な顔をした。「嘆きのマートル」に口止めを依頼すべきだった……もっとも、聞き入れてくれないかもしれないが。
「……あ、ハグリッドがいる」
リンが呟いた。マイペースすぎるとスイは内心で呆れる。そんなことは露知らず、リンは立ち上がって、帰ろうとするハグリッドに手を振った。
ハグリッドが止まり、うれしそうに笑った。その背中を誰かがチョンと叩く……ムーディだ。青い目でこちらを見つめ、ハグリッドに何事かを囁いている。リンは瞬いた。
「ムーディ先生、いたんだ」
「失礼よ」
興味がないので見落としていたらしい……。そう思って呟くと、ハーマイオニーが咎めてきた。ハリーが苦笑する気配がする。そうこうしているうちに、ハグリッドとムーディが到着した。
「元気か、リン、ハーマイオニー?」
「こんにちは、ハグリッド、ムーディ先生」
「珍しい取り合わせですね」
大声で挨拶するハグリッドに、二人が挨拶を返す。ハーマイオニーがテーブルの下でリンを蹴った。避けたので問題はないが、リンは眉を寄せた。解せない。
「頭と口に関しては常々思っていたが、足もよく動くな、グレンジャー」
ムーディが低く笑い声を立てた。「魔法の目」がテーブルへと向けられている。たぶん透視しているのだろう。ハーマイオニーがさっと赤くなった。
「何を広げている? ちょっと見せてくれ……」
そう言って、ムーディは身体をかがめた。スイが飛び退いて、リンの肩へと移動する。ムーディはハーマイオニーのノートを読んでいるように見えた。しかし、青い方の目はハリーを見ていることに、リンは気づいた。
「いいマントだな、ポッター」
案の定、ムーディはハリーに声をかけた。ハリーが驚いてムーディを見る。青い目と緑の目が見つめ合った。
「先生の目 ――― あの、見えるんですか?」
「ああ、わしの目は『透明マント』も見透かす……両目ではないから、劣るがな」
ムーディの黒い目がリンを見た。静かに見つめ返しながら、リンはバタービールを飲み込んだ。両目がバラバラな方向を見ているのは、いまさら気にならない。それより、彼の口からかすかに漂ってきた匂いの方が気になった……何かの薬品のような匂いだ。
正体を掴む前に、ムーディが身体を起こした。入れ替わりにハグリッドがかがみ、ハリーに何かを囁く。それから起き上がって、リンとハーマイオニーに向けて「じゃあ、またな」と言い、ハグリッドは去った。ムーディもあとについていった。
「ハグリッドに何を言われたの?」
彼らの背中を見送って、リンが聞いた。ハーマイオニーは「え、何か言われてたの?」という顔で、ハリーの顔から数十センチ横を見た。リンの指摘を受け、視線を正す。
「なんて言われたの?」
「今日の真夜中に『透明マント』を着て会いにこいって」
「会いたいですって? ハグリッドったら、いったい何を考えてるのかしら?」
ハーマイオニーが驚いた。そわそわと、もういないハグリッドを見やる。リンは「スクリュートに子守唄でも歌うんじゃない?」とふざけて、ハーマイオニーに蹴られかけた。
「まじめに考えてよ!」
「まじめに考えて理解できるなら、いくらでも考えるよ」
リンが肩を竦めると、ハーマイオニーは黙った。しかし言い返せなくて悔しいやら、二度も避けられて腹立たしいやら、雰囲気がピリピリし出す。髪までうねっている気がする。ハリーとスイは恐れおののいた。平然としているリンが信じられない。
のんびりバタービールを飲んだリンは、ふと視線を動かして、立ち上がった。ハンナたちがそわそわしてこちらを見ているのだ。うち一人はそわそわではなくイライラしている。
「そろそろ帰るよ。話してくれてありがとう」
ひらりと手を振って、スイを肩に乗せ、リンはテーブルを移動した。残されたハリーたちは、数秒して聞こえてきた「なんであいつのとこ行ってんのよ!」という怒声に驚き、ちゃんと「透明マント」を着ているか、思わず真剣に確認した。
4-34. 見透かす目
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