| 翌朝、目覚めたリンは一人で静かに寝室を出た。
ハンナたちと顔を合わせ、彼らの話に付き合わされるのを避けるためだ。昨晩、彼らがほかのハッフルパフ生と一緒に夜遅くまで談話室に残り、代表選手について話していたことを、リンは知っている。
談話室に行くと、そこには珍しく先客がいた。
「……エドガー?」
「よう、リン。おはよ」
「おはようございます」
「早いな」
「あなたこそ」
一瞬、間が訪れた。その後、エドガーが「ちょっとな」と言葉を濁す。リンは、彼が座っている椅子の向かいのソファにそっと腰かけた。エドガーが首を傾げる。
「どうした? 飯、食いに行かねぇのか?」
「あなたが話し相手を探していらっしゃるようですので」
「なんだ、珍しいな。まさかおまえが、」
「エドガー。……笑えてませんよ」
リンの言葉に、エドガーが硬直した。ゆっくりと、彼の顔から表情が消えていく。溜め息をついて、エドガーは椅子の背にもたれ、ずるずると体重を前方に移した。
「……わっかんね」
天井を見上げ、右腕で目元を覆って、エドガーが小さく呟いた。リンが何も言わずにただ目だけ向けていると、エドガーは堰を切ったように話し出した。
「どっちが選ばれても、気にせず、全力で応援し合おうって、そう約束して、一緒に立候補したんだ。セドが呼ばれたとき、うれしかった。ほんとだぜ。嫉妬とか感じなかった。むしろ誇らしかった。俺の親友が、俺たちホグワーツ生の代表として選ばれた。こんなの、奇跡だろ」
「……ええ」
「なのに……なのに、なんでポッターも選ばれるんだ? なんであいつが、セドと並ぶんだ? いや、並んでなんかない。あいつは、セドより前に出てる。バグマンの顔、見たか? あいつの名前が呼ばれたとき、すっげえ興奮して、まるで ――― 」
そこから先は、エドガーの口からは出てこなかった。エドガーは深呼吸して、また口を開いた。
「……あいつはどうやって名前を入れたんだろう? セドは教えてもらえなかったって言ってた。あり得ない。ここまできて秘密にするとか、」
「本当に入れてないんだと思いますよ」
強引に遮る形で、リンが言った。
「ハリーは、そういうことで嘘はつきませんから」
「じゃ、リンはあいつの言うことを信じるってのか?」
「そうですよ。友人ですからね」
「そりゃ、たいした友情だな」
腕をのけて起き上がったエドガーが、普段の彼からは想像もつかない嫌な笑いを顔に張りつける。彼の目をじっと見つめて、リンは静かに口を開いた。
「エドガー。自分の都合でハリーを悪者扱いするのは、やめてくださいませんか?」
瞬間、エドガーの顔から笑いが消えた。数秒の沈黙のあと、頬を引き攣らせる。リンを見返してくる目が、少しだけ鋭くなったように思われた。
「なに言ってんだよ」
「一晩経って、セドリックに対する羨望と嫉妬の念が出てきたのでは? そこから生まれる拗れを避けるために、あなたはハリーを共通の敵にしようとしているのでは? ハリーを敵だと思えば、まっすぐにセドリックを応援することができますからね」
「てめ……っ」
エドガーが椅子から立ち上がる。リンは無視して、さらに続けた。
「誰か一人を敵と定め、それに対抗する形でほかの者たちが団結する。“敵”に対する共通の敵対的感情を持っていれば、ほかにどんな感情を持っていても構われない。当然“敵”とされた者の気持ちなど考えない。よくある、ずる賢い常套手段ですよね」
「黙れよ!!」
ガッと音が出そうなほど強く勢いよく、エドガーがリンの胸倉を掴んだ。ブラッジャーを易々と扱う名ビーターの力で、リンの踵が少し浮く。
「何も知らねぇくせに首突っ込んで好き勝手なこと言ってんなよ!!」
「ええ、おっしゃる通り、ただの憶測です。でしゃばって図々しい真似をして申し訳ありません、先輩」
すっと目を細めて言い、パシッとエドガーの腕を払いのける。リンの冷ややかな目に怯んだのか、力が抜けていた腕はすんなりと離れた。
「……言いたいことは、一つですよ」
乱れた衣服を直しながら、リンは沈黙を破った。
「ドロドロした感情のはけ口に、後輩を利用しないでください。そういうのは、本人と腹を割って話し合って発散してくださいよ」
寝室へ通じるドアの一つを指差して、リンは念力でドアを開けた。いきなりドアが開いて驚いているセドリックが、そこにいた。エドガーが呆然とする。
「……セド……いつから……」
「ご、ごめん……出ていくタイミングを、逃して、」
「私がエドガーに『笑えてませんよ』と言った辺りからそこにいましたよ」
「ほとんど最初からじゃねぇか」
「ごめん」
反射的にもう一度謝って、セドリックは親友を見た。眉を寄せて唇を引き結んで、つらそうな泣きそうな顔だった。エドガーはエドガーで、焦ったような悔しそうな顔をしている。
面倒な人たちだ。そう思いながら、リンは、さっさと二人から離れた。ここにいても邪魔なので、放置して大広間にでも行こう。
まだ朝も早い。夜遅くまで騒いでいたハッフルパフ生は、まだ当分は起きてこないはずなので、二人とも十分に話し合えるはずだ。
(……しかし、少し強引すぎたかな)
大雑把に二人を引き合わせたことを少しだけ反省すべきかと考えつつ、リンは寮を出た。
→ (2)
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