| 「誰が代表者になると思う?」
翌朝、朝食を取っていたときに、ハンナが言った。
リンたちはその日、玄関ホールの石段に腰かけて、トーストなどの軽い朝食を取っていた。ハンナたちが「炎のゴブレット」に名前を入れられる様子が見たがったからである。
「ダームストラングからは、絶対にクラムだ。彼以外は考えられない」
力強く拳を握るアーニーに、ベティが「当然よ」と頷く。その隣でスーザンが「ボーバトンからは誰が?」と首を傾げた。
「誰でもいいわよ。あの魔性の女じゃなければね」
イライラした調子で言って、ベティがトーストの残り四分の一を丸ごと口に放り込んだ。ハンナが「私も」と同意する。スーザンは何も言わなかったが、表情と雰囲気が同意を示していた。
ここまで敵対心を燃やすのもどうかとリンは思ったが、黙っておくことにした。アーニーも何か言いたげだったが、黙々とトーストを食べることを選択した。スイが尻尾を揺らす。
「ホグワーツからは誰が出るんだろう……リンは、出られないようですが」
ジャスティンが手についたパン屑を払いながら呟いた。最後の口惜しげに囁かれた部分は、リンを含めみんなが聞こえなかったフリをした。
「スリザリン生じゃなければ、私は誰だって応援するわ」
「でも、できればハッフルパフから出てほしいなあ」
「セドリックとエドガーが立候補するって言ってるの、アタシ聞いたわよ」
「わぁ、すてき! あの二人のどっちかがいいわ」
スーザン、アーニー、ベティ、ハンナの順に意見が出た。流れからして、自分も何か言わなければいけないんだろうか……。リンが思ったとき、十数人分の気配と足音がした。
「……ベティ、アーニー、憧れの人が来たよ」
リンが言った直後、ダームストラング生がカルカロフに率られてホールに入ってきた。カルカロフのすぐ後ろにクラムがいる。ベティとアーニーが立ち上がって、もっとよく見える位置へと移動した。
「一列に並べ。一人ずつ順番に名前を入れるぞ。……よし、では、ビクトール……君が最初だ……」
カルカロフに促され、クラムが進み出た。床に描かれている「年齢線」を跨いで、ゴブレットの傍に寄る。そして手にしていた羊皮紙を青白い炎の中に投じた。炎が一瞬赤くなり、クラムの顔を照らした。
やることを終えて、クラムが下がる。次の生徒が「年齢線」を跨いだ。その生徒も終わり、次の生徒が進み出る。炎が、赤くなり、青白くなり、赤くなる。その様子をぼんやり見ていたリンは、ふと見られている気配を感じ、視線を巡らせた。
ぱちり、クラムと目が合った。数秒見つめ合う。そして、クラムが視線を外した。カルカロフに呼ばれたせいかもしれない。
「……?」
よく分からない人だ。スイを撫でながら、リンは思った。
そのあと、リンは、玄関ホールに残って立候補者たちを見ると言うハンナたちと別れて、ハグリッドの小屋へ向かった。ボーバトンの天馬を近くで見たいからだ。
その旨を告げると、ジャスティンはリンに同行するのを断念した。大きな生き物によほどのトラウマを抱えているらしい。
「君も、よっぽどの物好きだよね」
「だって、天馬なんて日本にはいないし、あれほどのサイズだと、余計に興味がわくよ」
そんな会話をしながらハグリッドの小屋を訪れたリンは、家主の姿を見て、思わず絶句した。スイに至っては、リンの肩からズルッと滑り落ちかけた。
「よう、久しぶりだな、リン」
ニッコリ笑ったハグリッドは、一張羅かつ悪趣味全開の毛がモコモコしている茶色い背広を着込み、黄色と橙色の格子縞ネクタイを締めていた。髪は、何かの油をコッテリと塗りたくった上に、二束に括られている。
「俺の住んどるところを忘れちまったかと思ったぞ!」
「……最近、とても忙しかったから」
リンは、やっとのことでそれだけ言った。容姿には何も触れないことにして、用件を述べる。
「あの、ハグリッド。ボーバトンの天馬を見に来たんだけど、いいかな?」
「天馬か? もちろん、ええとも! こっち来いや」
なにやら機嫌よく、ハグリッドは歩き始めた。首を傾げつつ、リンはあとについていく。スイがここでようやく意識を取り戻した。
「なんだい、あの格好!」
「ハグリッドなりのオシャレじゃない?」
「あいつのセンスって、ほんと壊滅的だな!」
そんなことを言っている間に、ハグリッドはパステル・ブルーの馬車の戸口に到着していた。リンはスイを抱え、急いで駆け寄った。だが、リンが到着したころにはもう話はついていた。
「おう、リン、見てもええそうだ。馬はあそこにいる。行ってこい。おまえさんなら大丈夫だろうが、気つけろよ。失礼のねえようにな」
「うん。――― あの、マダム・マクシーム」
はるか頭上にある顔を見上げて、リンは声をかけた。マダムが眉を上げてリンを見下ろす。怖いと、スイが身を硬くした。
「見学の許可をありがとうございます。もう一つ、差し出がましくもお願いしたいのですが……あの、よければ、天馬に触れてもいいですか?」
「オウ、もちろん、かまいませーん。ただし、ウーマは少し、気性あらーいです」
「リンなら問題ねえ。生き物に好かれやすいし、ちゃんと敬意も払う。ヒッポグリフにだって懐かれてたんだ」
ハグリッドが笑顔で請け合った。マダム・マクシームはそれでも少し不安げだったが、やがてハグリッドが言うのならと微笑んだ。ハグリッドもニッコリ笑い返す。どういうわけか、コガネムシのような目がうっとりと潤んでいる。
リンはパチクリ瞬いて、二人を眺めたあと、とりあえず礼を言って微笑んで、馬の方へと退散した。
「……なんか、ハグリッド、変」
さっそく天馬の一頭にじゃれつかれながら、リンが呟いた。スイが見上げると、リンはなんとも言えない表情を浮かべていた。戸惑っているような焦っているような、気恥ずかしさを感じているような顔だ。
「……絶対、おかしい」
ぽつりと呟いて、リンは、馬のたてがみに頬を寄せる。もう一頭、馬が歩いてきてリンにすり寄る。その馬を撫でながらも、リンはぼんやり考え事にふけっているようだった。
彼女の口が「へ」の字に曲がっているのを見て、スイは「まあ、君は疎いというか、お子様だからね」と肩を竦めた。
→ (2)
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