「ダームストラングの一行はいつ来るんだろう? 早く来てくれないと、僕らが凍えてしまうよ」

 震えながらアーニーが言った。スイが頷く。ハンナやスーザンの顔が白いのを見て、リンは防寒のために結界を張った。

「リン? 何かしてくださいましたか?」

「保温してる」

「ああ、助かるよ、リン。ありがとう」

 ジャスティンが変化にいち早く気づいて、リンに声をかけてきた。リンが肯定すると感嘆の息をつく。その隣でアーニーが感謝を述べた。

「リン、俺たちは?」

「先輩方は我慢してください」

 エドガーがぐいとリンの髪を引っ張った。その手を弾き落としてリンがピシャリと言うと、ロバートが「ひでぇ!」と嘆き真似をした。ローレンスが「威厳ねぇぞ、先輩方」とからかう。

「ご自分で『保温呪文』でも使えばいいじゃないですか」

「……リン、賢いな」

 目から鱗が落ちた顔でロバートが言ったとき、セドリックが口を開いた。

「静かに。……なにか聞こえないかい?」

「どっから?」

「……湖」

 ロバートの問いに、リンが呟きを返した。大きく不気味な音が闇の中から伝わってくる。巨大な掃除機が川底を浚うような、くぐもったゴロゴロという音。何かを吸い込む音……。

「おい、湖を見ろ!」

 リー・ジョーダンの声が叫んだ。みんなが湖に目を向ける。黒く滑らかな水面がはっきりと見えた。

「……来る」

 リンが静かに呟いたとき、突然、水面が乱れた。中心の深いところで何かがざわめいている。ぼこぼこと大きな泡が表面に湧き出し、波が立ち、湖の中央が渦巻き出す。まるで湖底の巨大な栓が抜かれでもしたかのようだった。

 湖の中心から、長くて黒い竿のようなものが、ゆっくりと迫り上がってきた。

「ありゃ帆柱だな。あちらさんは船旅で来たみたいだぜ」

 エドガーが呑気に言った。あまり驚いていないようだ。たしかにボーバトンの校長のあとでは、湖から現れる船くらいではインパクトに欠けるかもしれない。けどちったぁ驚けよと、スイは思った。

 ゆっくり堂々と浮上してきた船は、闇の中で聞こえた音と同じくらい、不気味な雰囲気を漂わせていた。引き上げられた難波船のような、骸骨っぽい感じのする船だ。丸い船窓からチラチラ見える仄暗い霞んだ灯りが、幽霊の目のように見えた。

 ハンナが、びっくり……というかビクビクして、リンの腕にしがみついてきた。リンは彼女の頭を撫でてやった。

 けっこう身長差が出てきたなと実感する。十センチほどあるだろうか。ハンナが小柄なのと、リンの背が高いのと、両方だ。それでもベティと同じくらいだし、スーザンよりは低い。

 この年頃の西洋人女子は、みんな一六〇センチを超えるのが普通なのだろうか? 背の高さ(というより、足の長さ)に、地域差を感じる。もっとも、スイ曰く、リンの足も細くてスラッとしているらしいが。

 そんなことをつらつら考えている間に、ダームストラングの一行がすぐ目の前にまで来ていた。薄着のボーバトンとは対照的に、もこもこした分厚い毛皮のマントを着ている。

 ただ一人、先頭にいる男だけは、滑らかな銀色の毛皮を着用していた。痩せて背の高い男だ。体格だけならダンブルドアを彷彿させる。だが、銀色の髪は短いし、髭も先の縮れた山羊髭で、隠れきれていない顎は貧相だった。

「ダンブルドア! やあやあ、しばらく。元気かね?」

「元気じゃよ。カルカロフ校長」

 一見(意味的には、一聞の方が正しい)、朗らかな挨拶だ。しかしカルカロフの声は上滑りだった。耳に心地よく、愛想よくも聞こえるが、媚びへつらうような調子だ。それに目が笑っていない。冷たくて、抜け目のない目。

 リンは直観的に、この人は嫌いだと感じた。胸元にいるスイも、好意的な様子ではない。

「懐かしのホグワーツ城……ここに来れたのは、実にうれしい」

「わしも、お招きできて光栄じゃ」

「ビクトール、こっちへ。暖かいところへ来るといい……ダンブルドア、かまわないかね? ビクトールは風邪気味なので……」

 生徒の一人が差し招かれた。曲がった鼻、濃くて黒い眉、むっつりした表情。ベティやアーニーがハッと息を呑んだ。

「マジかよ ――― クラムじゃねぇか」

 エドガーが驚嘆して言った。ほかの生徒も、ざわざわ落ち着かなくなる。女子生徒の何人かが、サインはもらえるだろうかと話し出す。

「サインなら、僕だってほしいさ!」

「当然よ。もらえるってんなら、アタシが一番にもらいに行くわよ ――― スーザン、羽根ペン持ってない?」

「持ってないわ」

「リンは?」

「ない。寮の鞄の中」

 ほかの生徒と一緒に大広間に向かう途中、アーニーとベティがそわそわしているのを見て、ジャスティンが眉をひそめた。

「少し落ち着いたらどうだい? たかがクィディッチの選手だろう?」

「たかがクィディッチの選手ですって?」

 ベティが食ってかかった。ジャスティンの評価に耳を疑うという顔だった。

「このバカ ――― クラムは、世界最高のシーカーの一人よ!」

「彼がまだ学生だなんて、僕、考えたこともなかった!」

 興奮しきっている友人二人を見て、ハンナが呆然とし、スーザンが肩を竦める。リンはとりあえずスイを撫で、ジャスティンが反論する前に言葉を放った。

「それより君たち、いったいどの席に座りたいの? お目当ての人は、まだ座ってないようだけど」

 ダームストラングの生徒たちは、どこに座ればよいのやらと迷って、入口近くに立ち止まっていた。ちなみにボーバトンの生徒たちはレイブンクローのテーブルに着いていた。

 リンたちがテーブルに着いたとき、ダームストラング生は、スリザリンのテーブルの方に歩いていった。

 アーニーが肩を落とし、ベティが地団駄を踏むのを見て、スイは「クラムの影響力すげぇ」と思った。

4-29. ボーバトンとダームストラング
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