| 十月三十日がやってきた。ボーバトンとダームストラングの代表団がホグワーツに到着する日だ。
朝、食事をしに行くと、大広間はすでに飾りつけが済まされていた。壁には各寮を示す巨大な垂れ幕が掛けられている。黄色の地に黒いアナグマが描かれた垂れ幕を見て、リンはなんとなく感慨深くなった。
「いよいよ今晩なのね! 楽しみだわ!」
「いまから興奮しててどうすんのよ」
「あら、ベティは、どんな人たちが来るか気にならないの?」
ニッコリと上機嫌なハンナの言葉を、ベティが欠伸を噛み殺しながら撥ねつけた。その様子を見て、スーザンが小首を傾げて微笑む。ベティは閉じそうになる目を擦った。
「スリザリン気質の奴らじゃなきゃ、どんな人たちが来ようとかまわないわよ」
「その点については同意するよ」
アーニーが、うんうんと首を何度も上下に動かした。低血圧のせいで不機嫌なベティが「いちいち大げさな動きしないでよ鬱陶しい」と舌打ちし、ジャスティンが「ひとの個性を否定するなんて最低だな」と毒づいたことにより、喧嘩が勃発した。
最終的に、同じく低血圧のスイが苛立ったのを見たリンが「うるさい」と言い放ち、喧嘩は収束した。
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その日の最後の授業は、三十分早く終わった。リンたちは足早にハッフルパフ寮へと帰り、荷物を置いてマントを羽織り、玄関ホールへと向かった。
「おう、リン!」
人混みの中にいたエドガー・ウォルターズが、手を挙げて挨拶をしてきた。セドリック・ディゴリーとロバート・ハリスに挟まれている。セドリックの横にローレンス・フロントが立っていた。
クィディッチ・チームの六年生メンバーの大集合だ。五年生のデイヴィッド・キャッドワラダーと、卒業したヴィクター・ボルトは、その群れには入っていない。
「学年ごとに適当に並べってよ。リン、俺の前くるか?」
「五年生の列を飛ばすつもりですか」
「俺らの学年、人数多くってさ。人数少ない五年の列に入れてもらうことになってんだよ。だからリン、俺の前に、」
「ローレンス、あなたの前に立っても?」
「おー、来い来い」
エドガーを無視して、リンはローレンスの前に滑り込んだ。ローレンスは笑顔で受け入れた。
リンの隣から、ハンナ、ベティ、スーザン、アーニー、ジャスティンと並ぶ。ベティは嬉しそうに振り返り、真後ろのエドガーとその横のセドリックに話しかけていた。
ジャスティンが「ミーハー」と毒づいたが、リンのところまで聞こえたのに、ベティの耳には入らなかった。
「ミスター・ハリス、帽子が曲がっていますよ。ネクタイもきちんと締めなさい。ミスター・ウォルターズ、あなたもネクタイを直しなさい」
ロバートとエドガーに、スプラウトからの注意が飛んだ。二人は「えー」とぼやきつつ、仕方なしに身なりを整え直す。ロバートはローレンスを一瞥した。
「ロルのボサボサ頭には何も言わねぇのに……」
「俺の人徳かな」
「直したところで、どうせ外の風に当たってボサボサに戻りますからね。それにスプラウト先生も、自分を棚上げすることはできませんし」
快活に笑うローレンスの前で、リンが発言した。視線は、ボサボサかつ少し泥が付着しているスプラウトの髪に向いている。
「……相変わらず、淡々と毒舌になるな、リンは」
微妙な沈黙が訪れた中、ロバートが頬を引き攣らせた。
「一年生から順番に、ついておいでなさい」
スプラウトの号令で、みんなが動き出した。並んだまま石段を降り、城の前に整列する。よく晴れて、風が吹き、寒い夕方だった。リンのマントの内側で、スイが身震いする。リンは彼女をそっと撫でてやった。
「もうすぐ六時だな」
「あちらさん、どうやって来るんだろな?」
エドガーとロバートがぼそぼそと会話する。周囲でも似たようなことが囁かれていた。だが、しばらくしても、なんの兆しもない。
やがて、リンが瞬きをして一点を見つめた。同時にダンブルドアが先生方の間から声を上げた。
「ほっほー! わしの目に狂いがなければ、ボーバトンの代表団が近づいてくるぞ!」
ざわめきが走った。生徒たちがそれぞれバラバラな方向を見回す。グリフィンドールの列から腕が出て、「あそこだ!」と、リンが見ている森の上空を指さした。
何か大きなものが、濃紺の空を、ぐんぐん、こちらと疾走してくる。アーニーが「あれはなんだ?」と声を張り上げた。どこからかドラゴンだと意見が出てくる。
「バカ言うなよ……あれは空飛ぶ家だ!」
「引いてるのは鳥か?」
「えー? ヒッポグリフじゃない?」
デニス・クリービー、ケイ・ヨシノ、ヒロト・ヨシノが叫ぶ。リンは、すっと目を細めて小さく呟いた。
「……天馬と、馬車」
その通りだった。巨大なパステル・ブルーの馬車だ。これまた巨大な十二頭の金銀に輝くパロミノ天馬に引かれて、こちらに飛んでくる。
ドーン、大きな衝撃音とともに、天馬の蹄が地を蹴り、馬車が着陸した。近くで見ると本当に大きい。家かと言いたくなる。馬だって、蹄だけ見ても、ディナー用の大皿より大きい。
そして、中から現れた人も巨大だった。ハグリッドとほとんど変わらない背丈だろう。むしろ、全体的にどっしりしているハグリッドと違ってスラリとしている分、この女性の方が高く見える。ハイヒールと、ぐっと上げた顎のせいかもしれないが。
「……見栄で規格外サイズを用意したのかと思ったけど、実はリーズナブルだったんだね」
「リン。辛辣だし、失礼だぞ」
しみじみ呟くリンに、ローレンスが背中を小突いてきた。リンは小さく肩を竦めた。スイはマントから顔を出してポカンとしている。ここまででかいとは思わなかった。
「マダム・マクシーム、ようこそホグワーツへ」
ダンブルドアが挨拶した。女性が差し出した手を取り、キスする。身体を曲げるより、手をやや引き下ろすことの方が、よほど必要な感じだった。
ボーバトンの生徒たちは、みんな震えていた。着ているローブはどうやら薄物の絹のようで、マントを着ている者は一人もいない。あれでは震えるのも無理はないだろう。
マダム・マクシームは、外でダームストラングの一行を待つより城の中に入ることを選び、学生たちを引き連れて優雅に石段を上っていった。
→ (2)
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