「しもべ妖精福祉振興協会?」

 聞き返したのはベティだった。ハーマイオニーが力強く頷く。彼女の背後では、ハリーとロンがなんとも言えない表情をしている。テーブルの上にいるスイが、ゆらりと尻尾を振った。

「魔法生物仲間の目に余る虐待を阻止し、その法的立場を変えるためのキャンペーンよ」

「そんなもの、聞いたことないけど」

「私たちが始めたばかりですもの」

 しみじみ呟いたアーニーに、ハーマイオニーが胸を張る。アーニーが「は?」という顔をし、同時にロンが「僕たちをカウントしないで」とモゴモゴ言った。ハーマイオニーは両方とも無視して、つらつら語る。

「短期的目標は、屋敷しもべ妖精の正当な報酬と労働条件を確保すること。長期的目標はとりあえず二つ考えてるわ。杖の使用禁止に関する法律改正。しもべ妖精の代表を一人『魔法生物規制管理部』に参加させること」

 リンは紅茶を口に含んだ。わざわざ朝食の時間にハッフルパフのテーブルまで来て話す内容がそれか……。そんな演説は、残念ながら、まともに受け入れられることはないだろうに。ご苦労なことだ。

 視界の隅で、スーザンが呆然としている。彼女の叔母は「魔法法執行部」に所属しているのだ。ちなみに、リンの叔父も同様である。

 ハンナとアーニーが顔を見合わせた。ベティは馬鹿馬鹿しいという雰囲気でソーセージにかぶりつく。ジャスティンは「そもそも屋敷しもべ妖精とは何だろう」と首を傾げていた。

「入会費を二シックルとしたの。それでバッジを買う」

 ハーマイオニーはバッジを六つ見せてきた。色違いだが、書いてある文字はどれも同じだ。S・P・E・W。

「スピュー(反吐)?」

「しもべ妖精福祉振興協会バッジです!」

「あら、そうなの。ごめんなさいね」

 ベティが笑った。冷ややかというか、軽蔑しているような、失礼な笑いだ。しかし、いつも諌めるはずのスーザンが反応しない。代わりにリンが彼女の足を蹴り飛ばしておいた。スイがリンゴにかじりつく。

「バッジの売上を資金に、ビラ撒きキャンペーンを展開するの。私が会長、ロンが財務担当、ハリーが書記。それでリンには、その人脈を生かして広報を担当してもらいたいの」

「断る」

 一瞬、間があいた。ハンナ、スーザン、アーニー、ハリーとロンが、恐る恐るリンとハーマイオニーを見比べる。ベティとスイは、興味深そうにリンを見た。ジャスティンは、なんの混じり気のない感情で、リンだけを見ている。

「どうして? リン、どこが不満なの?」

「すべて。まず現実的じゃない。私たち学生が、そんな大層な目標を達成できるとは思わない。法律や魔法社会の根強い慣習が、そう簡単に覆るわけがない」

「だけど、そう言って何も行動しないと、変わらないままだわ! リン、あなた言ったじゃない。『行動すれば可能性はゼロ以上。行動しなければ、可能性はただのゼロ』って」

「ゼロ以上。つまり、ゼロにしかならない行動もある。身のほどをわきまえずに行動しても、先にあるのは破滅だけ。勇敢と無謀は別物だよ」

 トーストの最後の一口を咀嚼して、リンは紅茶を飲んだ。不意にハリーと目が合う。彼は苦笑していた。

「それに、ハーマイオニー、君は妖精と話し合った上で言ってるの? 君が勝手に言ってるんだったら、それは君のエゴだよ」

「私は ――― 」

「彼らが本当に求めてるのは、正当な報酬とか労働条件じゃないと思うよ」

「じゃあ何だって言うの?」

 ハーマイオニーが短気に詰問した。スイが溜め息をついて、バナナを口に放り込む。リンは肩を竦めた。

「ありがとう」

「は?」

「世話する対象からの、感謝の心じゃない?」

 ほう。アーニーやハンナが感嘆の息をついた。スーザンとベティも感慨深げな顔をする。ハリーとロンはパチクリ瞬き、スイは尻尾を振った。

「彼らが人間の世話をするのは、本能的な親切心だと思うよ。形だけの賃金や労働条件で、彼らを幸せにできるとは思わないし、むしろ失礼だ。たとえ無償無休であっても、感謝と気遣いが得られるなら、彼らは、それだけで幸せと言えるんじゃないかな」

「でも、それはあなたが勝手に思っているだけかもしれないわ!」

「もちろん。それもあり得る。君の考えと同様に」

「私がですって?」

「君は、しもべ妖精たちは奴隷労働をさせられていると言った。その見方も、君が勝手に見ているだけかもしれないよ。君は、しもべ妖精が働くことを生きがいにし、幸福を感じている一面を無視してる」

「それは、彼らがまともな教育を受けてなくて、洗脳されてるからだわ!」

「その思考がすでに、偏見に満ちて差別的だってこと、分かってる? 彼らを下に見てる。そもそも、かわいそうだという感情自体、上から目線だよ」

 ハーマイオニーが言葉に詰まる。リンはスイを撫でた。

「だいたい、たった一人、ウィンキーの境偶の一場面を目にしただけで、すべての妖精がすべての場面で不幸だと判断するなんて、論理的じゃない。もっと多面的に見たら?」

 淡々と言って、リンは立ち上がった。そろそろ教室へ向かわないと遅刻してしまう。ハンナたちも食事を終え、立ち上がる。スイがリンの肩の上へと飛び移った。

「少なくとも、ホグワーツで働いてる屋敷しもべ妖精たちは不幸ではないと思うよ。一度、厨房に行って彼らの様子を見てみるといい」

 そう言い残して、リンは友人たちと共に、大広間の出口へと歩き出した。途中でベティが「さっすがリン様、すってき〜」と茶化したので、ジャスティンとの喧嘩が勃発した。

 一方、残されたハーマイオニーは、ひどく機嫌を損ねて膨れ面をしていた。しかし、それを見たのは、ハリーとロン、スイだけだった。

 なにやら余計な一言を呟いて八つ当たりを食らうロンを見て、スイは呆れた顔で尻尾を揺らした。

4-28. S・P・E・W
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