| それから数週間 ――― たった数週間のうちに、「闇の魔術に対する防衛術」の授業はますます難しく苛酷になっていった。
ムーディは生徒の一人ひとりに「服従の呪文」をかけると発表した。呪文の力を実際に知らしめ、抵抗できる力を持っているかどうか試すらしい。
それを聞いて、ほとんどのハッフルパフ生は愕然としていた。
「でも先生、それは ――― その呪文を人間に使うのは違法だと、先生がおっしゃったはずです!」
「これがどういうものなのか、体験的におまえたちに教えてほしいと、ダンブルドアが言っているのだ」
勇敢にも発言したザカリアスを「魔法の目」で見据え、ムーディが言った。ジャスティンとベティがあんぐりと口を開け、信じられないという顔をする。妙なところでシンクロする二人だと、リンは思った。
「嫌だと言うのなら、かまわん。出ていけ。授業を免除する。実際に呪文をかけられたときにでも学ぶがよい」
ムーディは節くれだった指で出口を示した。ザカリアスは頬を赤く染め、なにかをモゴモゴと小さく呟いた。ムーディはフンと鼻を鳴らす。
「ほかに文句がある奴がいないのなら、始めるぞ。名前を呼ばれたら、わしの前に来い……名簿順に呼ぶ。アボット!」
ハンナが、この世の終わりを告げられたかのような面持ちでトボトボと進み出た。苗字が A で始まることをこれほど恨んだときはない、という雰囲気だった。
「どうしましょう、緊張するわ」
スーザンが囁いた。次に呼ばれることに対する緊張か、ハンナの運命に対する緊張か……どちらだろうかと、リンは思った。
「いいなあ、リンは。呼ばれるのが最後で」
「そう? 最後は最後で嫌だけど」
アーニーのぼやきに応えるリンの視線の先で、ハンナがバレリーナのように優雅に踊り出した。
ほかのクラスメイトも、次々と呪文をかけられ、次々と奇妙なことをした。
スーザンはマザーグースを口ずさみながらスキップして教室を回った。ジャスティンは数人分の教科書でジャグリングを行ったし、ベティはクモ(初回授業で使用されたもの)を手に乗せてワルツを踊った(その後、一時退室して、強烈な石鹸の香りと共に帰ってきた)。アーニーは、たいして広くもない机の上で側転やバク転を見事にこなした。
誰も呪いには抵抗できていない。いろいろな意味で勇敢なザカリアスも、逆立ちで教室を三周させられていた。
「ヨシノ!」
ついに、ムーディがリンの名前を呼んだ。リンは進み出た。みんながリンを見てくる。ムーディが杖を上げた。
「インペリオ!」
ふわりと、優しく柔らかく放り上げられるような感覚だった。つかみどころのない、ぼんやりした心地。楽だと思う反面で、なぜか苛立ちを感じた。
どこからか、ムーディの声が聞こえてきた。力を抜け……仰向けに、床に倒れ込め……。
(なぜ?)
ふと、リンは思った。そうする必要はないはずだ。うん。必要ない。やりたくない。そういう気分じゃない。そんな命令ふざけてる。
力を抜け……。力を抜くんだ……。
まだ言ってくる。うるさいなぁ。そもそも、なぜ命令されなければならないんだ? この人は母さんじゃないのに。
余計なことを考えるな……力を抜け……。
うるさいなぁ。母さんじゃないヤツが、命令してくる。なんて不愉快なんだろう。イラつく。邪魔だ。うるさい。
言うことを聞け……考えるな……力を抜け……。
うるさい。うるさい。この声、いらない。邪魔モノ。排除しないと。捨てなきゃ。いらない。邪魔。
なにも考えるな……言うことを聞け……力を抜くんだ……。
うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさい。邪魔 ―――
力を抜け! 倒れろ! いますぐだ!
「邪魔するな!!!」
叫ぶ。途端、ぼんやりした心地が消えた。
「よくやった! それでいい! 素晴らしいぞ、ヨシノ!」
ムーディの唸り声がした。リンは瞬きをした。リンは床に倒れてはいなかった。彼の前にじっと突っ立っていた。呪文をかけられた瞬間の体勢のままだった。ただ、じっとり汗をかいていた。
「おまえたち、見たか! ヨシノが戦い、持ちこたえて、打ち負かしたぞ! さあ、もう一度やるぞ、ヨシノ。おまえなら、もっと短時間で打ち負かせられるはずだ……」
額にはりついた前髪を払っていたリンは、はたと動きを止めて、ムーディを見た。無理難題を言った彼の目は、残念ながら本気だった。
リンは諦めて、追加の練習を受け入れることにした。しかし、当然だが一回で終わるはずもなく、結果として三回の連続練習となった。
珍しくぐったり疲れて授業を終えたリンは、ハンナたちにひどく心配されたのだった。
4-27. 「服従」を拒む
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