「だから、言ったじゃない。双子に似た悪戯小僧が二人、グリフィンドールに入るだろうって」

 ブボチューバー(腫れ草)の膿を集めながら、リンは言った。新学期最初の授業の「薬草学」で、リンはハリーたち三人のテーブルに混ざっていた。

 本当はいつも通りハンナたち女子四人で作業するつもりだったのだが、ハーマイオニーに引きずり込まれたのだ。そして、ロンに「なんだい、あの二人は!」と愚痴られ、いまに至る。

「あんな強烈なキャラしてるとは思わなかったよ」

「悪戯好きの子どもなんて、みんな強烈だと思うけど」

 リンはブボチューバーの腫れた部分をつついて、溢れ出した黄緑色のドロドロな膿を瓶に入れた。きつい石油臭が鼻を刺激する。

「……ちょっと換気したい気分」

「べつに、においは見た目ほど気にならないわ」

 ハーマイオニーが、渋い顔と気味悪がった目をブボチューバーに向けた。

 まぁ醜い見た目をしているのは確かだと、リンは思った。ブボチューバーは植物というより真っ黒な太い大ナメクジが土を突き破って直立しているようなもので、かすかだが、のたくるように動いている。

 さらに、一本一本、テラテラ光る大きな腫れ物があちこちにブツブツと噴き出している。その中に詰まっている液体が、今日の課題である「膿」だ。つつくだけで溢れ出してくれるので、採集は(比較的)簡単と言える。

 ただし、やはり見た目がグロテスクで、においがひどい。

「ミス・アイビス! しっかり作業なさい!」

 不意にスプラウトの叱責が飛んできた。隣のテーブルではベティが地味にサボっていた。注意を受け、先生に聞こえないよう小さく舌打ちをして、吹き出物をつつき始める。

「ああ、もう、いや……こんなナメクジみたいな不気味なもの、触りたくもないわ」

 思い切り顔を歪めている親友に、スーザンが苦笑していた。ベティのセリフが聞こえたロンは「触るくらいで文句言うなよ」とぼやいた。

「ゴキブリを食わされるわけじゃあるまいし」

「あれは結局チョコレートだったろう?」

 ハリーが言うと、ロンは鼻を鳴らした。相当根に持っているらしい。一人、早めに大広間を出たリンは、騒ぎを知らないため首を傾げる。気づいたハーマイオニーが説明してくれた。

「ケイがね、ロンのオートミールの中に、ゴキブリ型のチョコレートを放り込んだの」

「食べ物に関しては、そんなにひどい悪戯はしないよ。食べ物は粗末にするなと、厳しく躾けられてるから。少なくとも食べられる範囲で済む」

「ああ、それはラッキーだ」

 即座に合点したリンが、ロンに言う。ロンはいい加減に返事をして、イライラのあまり、ブボチューバーの腫れものを、つつくどころか潰してしまった。

 膿が辺りに散る。「ウィーズリー! 気をつけなさい!」と、スプラウトからの声が飛んできた。そのすぐあと、スプラウト本人も飛んできたように現れた。

「とても貴重なものなのですよ! 傷つけることも、無駄にすることも、してはいけません!」

 ブボチューバーを触診して、スプラウトが口を酸っぱくして言った。謝罪したロンは、しかし先生が背を向けるとベーッと舌を出す。ハーマイオニーが「なんて破廉恥な!」という顔をした。

「……フレッドとジョージは、エジプトでビルのスープにカブトムシを入れたって聞いたけど。それよりはマシでしょう?」

 飛び散った膿を掃除しながら、リンが呟く。ロンは肩を竦めた。

「ケイとヒロトって、そんなに厄介な子だったかしら?」

 隣のテーブルにいたハンナが会話に参加してきた。「礼儀正しい子たちだったと思うけど……」と首を傾げるハンナに、リンが口を開くより先に、ベティが笑った。

「あの子たち、昨日あれだけ騒いで目立ってたじゃない」

「緊張してたからだと思うわ」

「ハンナって、変なところでポジティブだよね」

「でもたしかに、今朝の彼らは大人しかったわ」

 リンが笑った。そのななめ向かいでスーザンが首を傾げる。彼女も、リンと大広間を出たため、二人がハリーたちにした悪戯のことは目にしていない。

「猫かぶってたんじゃないの? 身内のリンお姉様の前だし?」

「でも、ジンの前でもふざけてたよ」

 ニヤッと口角を上げるベティに、ハリーが反論する。スーザンも頷いた。ハーマイオニーが眉を寄せて口を開く。

「じゃあ、リンの前でだけ大人しいってこと?」

「崇拝されてるんじゃない?」

「そんなわけないでしょう」

 再びからかい出すベティの意見を、リンはピシャリと撥ねのける。ベティは肩を竦めたが、リンの耳に「ジャス、クリービー、フィネガン ――― ノット!」という囁きが届いた。

「何か恩でも売ったのかい?」

「そんなことしてない。一回、軽く灸を据えたくらいだよ」

 ロンの意見も否定して、リンはそれからちょっと考えた。いっぱいになった瓶を交換して、新しい瓶に膿を入れながら、小さく呟く。

「でも……そうだな。それ以来、私の前では露骨な悪戯をしなくなったかも」

 それだ。全員が異口同音に言った。ベティが「やっぱり猫かぶりで合ってんじゃない」などとブツブツ言うのを遮って、ハンナが疑問を聞いた。

「灸を据えたって、なにをしたの?」

「べつに、ひどいことはしてないよ? ただ一言『怒った』って宣言して、一応の謝罪を受け入れたあと、しばらく延々と、話しかけられても突撃されても泣かれても、ひたすら無視し続けちゃっただけ」

「ひどい!」

「それはトラウマになるわね」

 みんなが一斉に叫び、ハーマイオニーが冷静にツッコミを入れた。リンはパチリと瞬いたあと、「そう?」と首を傾げた。

 当事のリンとしては、対処に困り、幼いなりに考えた末、母のナツメの癖を真似ただけだ。ナツメと違い、一応「怒った」と宣言し、いったん謝罪を受け入れるなど、親切にしたつもりだったのだが、どうやら「優しい」仕打ちにはならなかったらしい。

 そういえば、ケイとヒロトは最終的に泣くばかりだったし、事情を聴いてきた伯父や叔父も微妙な顔をしていた気がする。挙句、リンが「母さんはいつもこうする」と言ったときは、大人二人とも愕然としていた。

 いまさらだが、謝っておくべきなんだろうか……。考えていたリンは、友人たちが神妙な顔を互いに見合わせていたことには、まったく気づかなかった。

 ましてや、ロンが「リンを怒らせるととんでもないことは、僕もとっくに知ってるさ」とハリーに耳打ちしていたなどとは、夢にも思わないのであった。

4-25. 従姉による無意識な躾
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