| グリフィンドールが獲得した最後の新入生二人は、とても個性的で、厄介なものになるだろう……。そんなハリーの推測は、ピタリと当たっていた。
「ハリー先輩! ロン先輩! ハーマイオニー先輩!」
「おはようございまぁす」
朝食の時間、三人のところに、ケイ・ヨシノとヒロト・ヨシノが半ば駆けるようにやってきた。ジンとリンに朝の挨拶をしてきた帰りのようだった。
「いい天気ですね!」
「ハーマイオニー先輩、おとなり座ってもいいですかぁ」
「え? ええ、いいわよ」
ハーマイオニーは、自分の横に置いていた鞄を床に下ろした。落としたと形容した方が正しいかもしれない……音からして、鞄の中にはすでに大量の本が詰め込まれているらしかった。
ちょこんと礼儀正しく座って、二人は朝食に手を伸ばした。ケイはトーストとベーコンエッグを、ヒロトはアップルジュースを、それぞれ二人分ずつ用意し始める。好みが似ているらしい。見た目は正反対と言っていいほど違うが。
ケイは、短髪で、つり目で、元気はつらつだ。ところどころに絆創膏が貼ってある。元気な笑顔がデフォルトだが、感情も表情も豊かですぐに変化する。そしてすぐに笑顔に戻る。いずれにせよテンションは常にハイだ。
反対にヒロトは、ちょっと長めの髪で、ややたれ目で、大人しい。傷はどこにも見当たらず、ともすれば女の子にも見える。感情や表情の変化は一応あるが、なんだかんだ口元は常に笑っている気がすると、ハリーは思っていた。
「僕たち、あなたがたのこと、たくさん知ってます! リン姉さんから、いろいろ教えてもらいました!」
よく分からない単語「イタダキマス」を言ったあと、さっそくかぶりついたトーストを飲み込んでから、ケイが話し出した。どうしていつも語尾に「!」がつくくらい元気よく大きく喋るのだろうか……。ハリーは疑問に思った。
「とくに『秘密の部屋』への冒険のこととか、去年、」
「だめだよー、ケイ。去年のことは、おっきな声で話しちゃだめって、リン姉様が言ってたじゃない」
「あ、そういえばそうだった!」
「もー、ケイったら、すぐ忘れるんだから」
「すまん!」
なんだろう、この会話……。ハリーは、ロンとハーマイオニーを見た。二人とも、楽しんでいるような当惑しているような、微妙な顔をしている。
ハッフルパフのテーブルを見る。リンはちょうど朝食を済ませて出ていくところだった。スイだけが、こちらを見て応援するかのように尻尾を振ってくる。
「ハーマイオニー先輩。ちょっとお話いいですかぁ」
「あら、なにかしら」
不意にヒロトがハーマイオニーの方を向いた。その隣のケイは、話に飽きたのか食欲が勝ったのか、ベーコンエッグをトーストに乗せてモグモグ食べていた。
「ハーマイオニー先輩はとーっても読書家だって、リン姉様とジン兄様から聞きましたぁ。僕も、本を読むことが大好きですー」
「まあ、そうなの?」
「はい。勉強の本でも、物語でも、新聞でも、なんだって読むんですよー。たまにジン兄様とリン姉様に教えてもらいながら」
ほわほわした雰囲気で笑うヒロトに、ハーマイオニーの顔が崩れかけていた。ほかの女子生徒たちも悶えている様子だ。ロンはちょっと不機嫌そうに、オートミールのおかわりをよそった。
「よければ今度、おすすめの本を教えてくださぁい」
「ええ、もちろんいいわよ」
「ほんとですかぁ? やったぁ」
嬉しそうに頬を緩めて、ヒロトはポケットに手を入れ、ガムを取り出した。普通のマグル製のガムのようだった。すでに封切ってあるそれを、ハーマイオニーに差し出す。
「お礼に、これをあげますー。はい、どうぞー」
「まあ……あの、ヒロト、べつに気にしなくていいのよ?」
「仲良くなりたい人みんなに、これを渡してるんです……ご迷惑ですか?」
こてりと首を傾げて見上げられ、ハーマイオニーが負けた。お礼を言って、ガムを一枚抜き出す。このときハリーは、ケイがニヤニヤしているのを確かに見た。
――― バッチン! 音と共に、ハーマイオニーの悲鳴が上がった。ケイが爆笑する。ハリーとロンはハーマイオニーたちの方を見た。彼女の指が何か(ガムに仕込まれた仕掛けだろう)に挟まれていた。
「ごめんなさい、先輩。軽い悪戯なんです。僕、ちょっと反応が見たくて……」
「え、ええ……大丈夫よ。ちょっとびっくりしただけ」
眉を下げる(しかし、やはり口元は笑っている)ヒロトが、ハーマイオニーの指をトラップから解放する。声音のわりに悪びれた印象をまったく受けない。
「でも先輩、パッチンガムに引っかかるなんて、古典的で可愛らしいですねぇ」
「そ、そうかしら? ありがとう……」
「こちらこそ、ありがとうございましたぁ。あ、本のことは本気なので、よろしくお願いしまぁす」
「それ、どういう仕組みなの?」
ロンが興味津々で聞いた。それにはケイが口を開いた。次はヒロトがトーストをかじる。ケイはまたもやニヤニヤしていた。
「その説明の前に、ロン先輩。オートミールに目を向けた方がいいですよ?」
「は? ――― うわぁああ?!!」
ロンが叫んだ。ハリーはハーマイオニーと一緒に目を向けた。そして硬直する ――― ロンのオートミールに、なんと、ゴキブリが浮かんでいた。
「なーんちゃって! ゴキブリ型のチョコレートでーす! アハハ! びっくりしました? あ、ほんとにチョコですよ? ほら、溶けてるでしょ?」
「やめろよ、そういうの!」
プンスカ怒鳴って、ロンは取り落としたスプーンを拾い上げ、オートミールに突っ込んだ。ゴキブリを掬い上げて、匂いを嗅ぎ、恐る恐る触って、付着したものを舐めて、確認する。結果は無事チョコレートだった。
ケイはもちろん反省する素振りもなく、むしろ腹を抱えて笑っている。ヒロトも、口元に手を当ててクスクス笑っていた。
「ハリーせんぱぁい」
名前を呼ばれて、ハリーは思わずビクリとした。クスクス笑いを収めたヒロトが、ハリーを見上げている。
「胡椒を取ってもらえませんかぁ?」
「え? ああ……うん、オッケー」
頷いて、ハリーは少し離れたところにある胡椒へと手を伸ばした。大丈夫だ。まさか胡椒にまで細工はしてないだろうし……。
「はい ――― 」
振り返ってヒロトに胡椒を渡そうとして、ハリーは硬直した。叫ぶのはすんでのところで自制した。顔が ――― まるで、ムンクの「叫び」で描かれているような顔が、ハリーの目の前にあった。
「……あれっ? 叫ばないんですか? すっげぇ!」
「わぁ、ハリー先輩、つよーい。自制心ありますねぇ」
予想外の反応に驚いたものの、やはりほわほわと笑って、ヒロトが拍手をくれる。不気味な顔を模した仮面を外した二人に、ハリーは曖昧に微笑んでおいた。
「ヒロ、そろそろ帰るか?」
「そうだね……一番興味ある先輩方への『挨拶』も済んだし……デニスも待ってるし。じゃあ、先輩方、お邪魔しましたぁ」
「失礼しまーす!」
両手を合わせて「ゴチソウサマデシタ」と、またも聞き慣れない単語を呟いて、二人は立ち上がり、あっという間に去った。
「……とんでもない悪戯小僧どもだな」
ロンが呟いた。ハリーとハーマイオニーが頷く。あの二人には気をつけよう……。ハリーは心に決めた。
フレッドとジョージ、それからリー・ジョーダンが、ケイとヒロトを朗らかに褒め称える声が、どこからか聞こえてきた。
4-24. いたずらっ子からの挨拶
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