| 「リンッ」
ふと名前を呼ばれて、リンは足を止めて振り返った。背の高い人影が近寄ってくる。瞬きをしたリンは、それがセドリックだと気づいた。黒くてシンプルなパジャマの上に、茶色いコートを羽織っている。イケメンはパジャマ姿でも格好いいのかチクショウと、スイが思った。
「セドリック、どうしてここに? お一人ですか?」
「父さんは助太刀に行ってる。僕は森にいろって言われたんだ」
そういえば彼の父は役人だったか。合点がいったリンの周りを見て、セドリックが首を傾げた。
「リンは一人かい? ハリーやウィーズリーの人たちと一緒じゃないのか?」
「先ほど……迷子に出会ったときに、はぐれてしまって」
迷子を親の元に送り届けたいま、今度は彼らを探しているところだ。そう説明すると、セドリックは眉を寄せた。
「……僕も一緒に探すよ」
「え?」
「リンを一人にするのは心配だし、僕も、誰かと一緒にいた方が安心できるし」
「……そうですか。では、よろしくお願いします」
心得てるなと、スイは思った。リンが心配という理由だけでは断られただろうが、自分も一人だと心細いと仄めかせば、リンも無下にはできない。意外と頭が切れる男だ。
歩き出したリンのフードの中から、スイは半眼でセドリックを見上げた。周りに目を向けながら、ちらりとリンを見ている。ついに、キャンプ場の方からドォンと轟音が聞こえたとき、完全に顔をリンに向けた。
「すごい音だけど、大丈夫?」
「え? なにがですか?」
「あの轟音……その、雷が轟いてる音に似てるから」
リンは瞬いて、セドリックを見た。それから思い当たって納得する。そういえば、去年ジンが雷のトラウマについて話したとき、彼も聞いていた。貧血(血というより精気を失っていた)がひどくて記憶が少し曖昧で、すっかり忘れていたが。
「ドォンとかゴロゴロは平気ですよ。どちらかというと、眩しい光とか、ピシャーンとかバリバリの方が苦手です」
「……そっか」
セドリックは安堵したようなバツが悪そうな、さらに不安を感じたような、いろいろな感情が混ざった複雑な表情を浮かべた。それを一瞥したリンは、足を止めた。
「……あのときは、ありがとうございました」
まっすぐセドリックに身体ごと顔を向けて、リンは礼を述べた。それから、呆然と瞬きを繰り返すセドリックに、補足の言葉を続ける。
「ジン兄さんの気持ちを私が知りたいと思っているだろうと、指摘してくださったことです」
「……いや、あれは……僕、そんなたいしたことはしてないよ。ただ、勝手な憶測を感情に任せて口に出しただけだ」
「それでも、うれしかったです」
うろうろと視線を彷徨わせて謙遜するセドリックを見上げて、リンは口元に笑みを浮かべて言った。
「勝手な憶測じゃありませんでしたし……、どうして私の思ってることが分かったのか、ちょっと疑問ですけど」
「ああ、それは……、」
首を傾げるリンに、セドリックが口を開いた。しかしリンと目が合った一瞬の後、言葉を濁らせる。リンは目を瞬かせたあと、じっとセドリックの目を見た。
「……それは?」
「いや、なんでもないよ」
「なんですか? 気になります」
「気になる? 本当に?」
「本当に、です」
むきになってないか? とスイは思った。セドリックもそう思ったのか、ふと口元に手を当て、小さく笑い出す。リンは口角を下げた。
「……どうして笑うんですか」
「リンが可愛いから」
「……は?」
「それと、一瞬でも僕を見て『気になる』って言ってくれたのが、うれしくて」
柔らかく目を細め、頬を緩めて笑うセドリックに、リンがきょとんとした。その肩に顎を乗せたスイは、イケメンめ……と思った。普通の女の子なら、その表情を見て卒倒するだろう。
リンが何か言おうとしたとき、傍の茂みが揺れた。パッと振り返ったリンの目に、暗闇に浮かぶきれいな白銀が映った。
「 ――― ヨシノ?」
「……マルフォイ」
リンが呟いた。ドラコ・マルフォイは、セドリックを一瞥して「ハッフルパフの」と眉を寄せる。スイが、フードから出した尻尾をビシッと振り下ろした。一方、セドリックは「やあ」と挨拶し、リンは小さく首を傾げる。
「どうしたの? 迷子? ご両親、一緒に探そうか?」
「僕は迷子じゃない! 静かな場所を求めて移動してるだけだ!」
「うん、その答えはなんとなく予想してた」
「わ、分かってるなら、ふざけたことを言うな!」
「ユーモアを利かせた冗談を本気にされても困るんだけど……」
ひくりと頬を引き攣らせたマルフォイは、なんとか自分を抑えたようだった。こめかみの辺りを指先で押さえつつ、溜め息を吐き出す。
「相変わらず、おまえとの会話は疲れる」
うんざりとマルフォイが言った直後、辺りが緑色に光った。咄嗟に上を見たリンは、目を見開いた。
エメラルド色の巨大な髑髏が、空に浮かんでいた。緑がかった靄を背負い、口からは蛇がまるで舌のように這い出している。不気味な緑色が、森全体を照らし出す。
「……『闇の印』……」
爆発的な悲鳴が上がる中、マルフォイが震える声で呟いた。振り返ったリンは、蒼白な顔色の彼を見た。いまにも卒倒しそうな様子だ。セドリックも表情が強張っているし、スイは全身が硬直している。
「……テントに戻ろう、スイ」
そっとスイの身体を撫でて、リンが囁いた。視線を再び髑髏へと向ければ、ゆらゆら、視線の先で蛇がうごめく。
「お二人も、気をつけて帰った方がいいと思います」
まだ呆然と空を見上げているセドリックとマルフォイに声をかけて、リンは、足早に歩き出した。
4-18. 闇の印
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