暗闇の中、リンはふと目を覚ました。

「………?」

 相変わらずキャンプ場は騒がしい。まだ勝利を祝っているのだろうか? それにしては、なぜか胸騒ぎがする。

 身体を起こして枕元に手を伸ばし、パーカーを取る。それを軽く肩に羽織って、リンはベッドから抜け出した。背後でスイが寝返りを打った。

 テントを出た瞬間、どこからか光が炸裂した。ついで悲鳴が響き渡る。リンは振り返った。

 キャンプ場の向こうで、奇妙な光が真っ黒な夜空へと断続的に発射されているのが見えた。大声や悲鳴、笑い声、さまざまな音も、そちらから聞こえてくる。リンが眉をひそめたとき、大砲のような派手な音まで起こった。

「何事だ?」

 背後から声がかかった。リンは振り返る。ウィーズリー氏がテントから顔を覗かせていた。

「リン? なにが起こってる?」

「分かりません。ただ、何か向こうで ――― 」

 再び大砲のような音がした。緑色の光が、ウィーズリー氏の目の中で反射した。闇をつんざく悲鳴が木霊する。言葉を区切って視線を向けたリンは、そのまま言葉を失った。

 魔法使いたちが、キャンプ場を横切って行進してくる。みな一様に、杖を一斉に真上に向け、フードを被り、仮面をつけている。そのはるか頭上に、宙に浮かんだ四つの影が、グロテスクな形に歪められ、もがいている。

 何かと目を凝らしたリンは、不意に息を詰めた。一人には見覚えがある ――― キャンプ場の管理人の、ロバーツ氏だ。ということは、あとの三つの影は彼の妻子たちか。

「どうしたんだ?」

 ハリーとロンがテントから出てきた。どうやらウィーズリー氏に起こされたらしい。二人ともリンの視線の先を見て絶句した。

 ちょうどそのとき、ロバーツ夫人が逆さまにひっくり返され、一番小さい子供がコマのように回り出した。夫人のネグリジェはめくれ、子供の首は、左右にグラグラしていた。

「……ふざけやがって」

 リンが舌打ちをした。そのまま一歩踏み出した彼女の目が、キラリと輝き出す。しかしリンが能力を発動する前に、ロバーツ一家は魔法使いたちの頭上から姿を消した。

「 ――― マグルは保護した! 呪文使用者たちを捕獲しろ!」

 よく通る低い声が、夜闇を突き抜けた。リンは瞬く。あの声は、聞き間違えはしない、伯父の声だ。リンはほっと肩の力を抜いた。

「ロン! ハリーとリンも、こちらに来なさい!」

 ウィーズリー氏が叫んだ。しっかりと洋服を着ている。その背後には、ビル、チャーリー、パーシーが、三人とも洋服に着替え、杖を手に腕まくりをしていた。さらにその背後から、パジャマ姿の双子が現れる。

 女子テントから、ハーマイオニーとジニーがネグリジェの上にコートを引っかけて出てきた。ジニーの腕の中ではスイが眠っている。

 リンはとりあえず受け取ったが、スイは放置することにした。ウィーズリー氏の指示の方に注意を向ける。

「私たちは魔法省を助太刀する。おまえたちは、森へ入りなさい」

「バラバラになるんじゃないぞ」

 ビルが真剣な表情で言った。ウィーズリー氏は、息子たちと同じく腕まくりをした。

「片がついたら迎えに行く ――― さあ、行くんだ!」

 ビルたちは、父親が言い終わらないうちに駆け出していた。ウィーズリー氏も息子たちのあとに続く。騒ぎの中心集団は魔法省の役人たちと激しい戦闘を繰り広げている。

「ほら、行くぞ」

 フレッドがジニーの手をつかみ、森の方へ引っ張っていった。ほかの面々もそれに続いた。



 森の中は、呪文は行き交ってはいないものの、渦中に負けず劣らず騒がしかった。子供たちの泣きわめく声、不安げに叫ぶ声、誰かを探している声が、木々の間に響いていた。

 一行の最後尾を歩いていたリンは、不意に立ち止まった。小さな子供が目の前に転がり込んできたのだ。

「大丈夫?」

 土にまみれて泣き出した子供を抱き起こして、リンは優しめに声をかけた。ワンワン泣く子供に、首を傾げる。これは、痛くて泣いているのか、親とはぐれて泣いているのか、どちらだろうか。

 とりあえず、ポンポンと背中を叩いてやる。はてどうするかと悩んでいれば、リンのパーカーのフードがもぞもぞ動き出した。数秒して、ようやく起きたスイがフードから顔を覗かせた。

「………お早いお目覚めで」

「ごめんなさい」

 ニッコリ微笑みかけてやると、スイはリンから目を逸らした。口を開こうとしたリンは、ふと視線を腕の中に向けた。

「………おさるさんだ」

 興味津々でじっとスイを見つめる子供が、そこにいた。スイがピシッと固まる。リンの方は、とりあえず泣き止んでくれたことにほっとしていた。

「猿、好き?」

「すきー」

「そっか。ところで、お母さんはどこ?」

「……わかんない……」

「そっか。じゃあ一緒に探そうか。お猿さんと一緒に」

「うん!」

「ちょっと待って誰この子?!」

「いまから保護する迷子」

 話しながら、リンは先へと足を進める。いつの間にかほかのメンバーを見失ってしまっている。できることなら合流しなければ。心配をかけてしまう。

 超能力を惜しげもなく使い、リンは迷子の親を探し始めた。


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