ウィーズリー氏を先頭に、リンたちは森の中を二十分ほど歩いた。

 ついに森のはずれに出ると、そこは巨大なスタジアムの影の中だった。競技場を囲む壮大な黄金の壁のほんの一部しか見えていないが、相当大きいことが窺えた。

 スイがもぞもぞとフードから出てきた。スタジアムを見てポカンと口を開ける。間抜け面だとリンは思った。

「十万人は入れるよ」

 ウィーズリー氏が微笑んで言った。それを聞いて、スイが思わず「魔法ハンパない」と呟く。喧騒のおかげで、リン以外の誰にも聞かれなかったが。

「特等席!」

 一番近い入口で、魔法省の魔女が、ウィーズリー氏の出した切符を検〔あらた〕めて叫んだ。驚いたから……というわけではなく、そうしないと聞こえないからだ。周りがあまりにも騒がしすぎて。

「最上階貴賓席! アーサー、まっすぐ上がって。一番高いところまでね」

 ハーマイオニーが小さく呻いたのを、リンは確かに聞いた。



 延々と続くかと思われた階段を、ひたすら上り続け、一行はやっとのことで階段のてっぺんに辿り着いた。

 途中で「エ、エスカレーターか、エレベーターが欲しいわ……」「なんだい、それ。食べ物の名前かい?」「機械の名前だよ。自動で動くんだ」「ほう! それはそれは! やはり気電で動くんだろう?」「……アーサーさん、あとが詰まってます」など、よく分からない会話がなされたが、気にしないことにしたスイだった。

 ボックス席の中には、紫に金箔の椅子が二十席ほど、二列に並んでいた。ウィーズリー氏以外の十人が、前列に座ることになった。リンはジニーとチャーリーの間に座らせられた。

「……ドビー?」

 不意に、ハリーの囁き声が聞こえた。視線を向けると、後ろを振り返っている。リンも振り返って、パチクリ瞬いた。

 ウィーズリー氏の隣に、一人の屋敷しもべ妖精がいた。なぜか顔を両手で覆っている。周りを見たくないのだろうか? 不思議に思うリンの視線の先で、妖精は顔を上げ、指を開いた。

「……女の子だね」

「なんで分かるの?!」

 ロンからツッコミが飛んできた。スイもまったく同じことを思った。みんなの視線が妖精からリンへと向けられる。リンは首を傾げた。

「……女の勘?」

「君が女の子らしくしてるとこ、見たことない」

「お黙んなさい、ロン!」

 バシッと音がした。ハーマイオニーが持っていたプログラムでロンの頭を叩いたのだ。最近の彼女は本当に乱暴になってきていると、リンはしみじみ思った。

「ごめんよ、リン。あいつ男兄弟の中で育ったもんだから、女の扱いに疎いんだ」

 チャーリーがリンに言った。リンはパチパチ瞬いて、首を傾げる。

「いえ、べつに気にしてないです。ロンの言ってることも間違ってませんし」

 たしかに、生まれてこのかた女の子らしくした覚えがない。あっさり言うリンに、ジニーが「これだからリンは!」と顔を覆って項垂れる。チャーリーは何か言おうとして、結局、無言で苦笑した。ジニーの向こう側でビルが笑う。

「いいんだよ、リンは。そのままで十分魅力的だから」

「そうとも。ビルの言う通りだ。なあ、フレッド」

「ああ、ジョージ。女の子らしくないのがリンの魅力だよな」

「それは失礼だ」

 チャーリーの向こう側にいる双子まで便乗してきた。フレッドに対するジョージのツッコミ付きだ。何がしたいんだと呆れるスイを撫でて、リンは再び首を傾げた。

「ビルたちは、妙に女性の扱いに慣れてますね」

 男性陣の間に、妙に気まずい空気が流れたのを、スイは肌で感じた。ただ一人ビルは、何か言いたげなジニーを上手く丸め込んでいるが。それを見て、スイは「やっぱりあいつが一番危ない」と警戒した。

 そうこうしている間に、ハリーと屋敷しもべ妖精の話は終わったらしい。しまった、聞き逃した……と、リンは頬を掻いた。

 彼女の名前がウィンキーということと、ドビーが給料を求めるがゆえに勤め口を見つけられないこと、ウィンキーが高所恐怖症だということしか、聞けていない。

「聞いてるじゃないか」

 ビルが笑った。スイも、リンの膝の上で、うんうんと頷く。それを見て、チャーリーが興味津々に輝いた目を向けてきたので、スイはジニーの膝の上へと避難した。だが、ジニーの隣から伸びてきたビルの手に捉えられ、くすぐり攻撃を食らうのであった。


 それから三十分の間に、貴賓席も徐々に埋まってきた。

 ウィーズリー氏は続け様に握手をしている。かなり重要な魔法使いたちに違いない。というのも、パーシーがひっきりなしに椅子から飛び上がっては直立不動の姿勢を取るからだ。

 魔法省大臣コーネリウス・ファッジが来たときなど、パーシーは深々と頭を下げたために、眼鏡が落ちてレンズが割れてしまっていた。恐縮しすぎだと思いながら、リンは、ビルの手の内で悶え続けるスイを観察していた。

 ファッジが、ハリーをブルガリアの大臣に紹介する。だが、どうやら言葉が通じないらしい。それに辟易している素振りを見せたファッジが、突然声を上げた。

「ああ、ルシウス!」

 ウィーズリー家のメンバーが一斉にそれぞれ反応を示した。ハリー、ロン、ハーマイオニーが勢いよく振り返る。リンは、ジニーの身体がやや硬直したのを見て、彼女の手を握ってやった。

 それから、ふと視線を感じたリンだったが、とりあえず無視する。しかし、いつまでも視線が消えないので、仕方なしに振り向いた。ドラコ・マルフォイと目が合う。だがドラコは、パッと顔ごと背けてしまった。

「………」

 あれだけ見つめておいて、いざ目が合ったらそれか。わけが分からないやつだ。リンは溜め息をついたあと、顔を前に戻そうとした。その途中で今度は、ウィーズリー氏から視線を外したマルフォイ氏と目が合った。

 マルフォイ氏の口元が少しだけ引き攣る。だが、すぐに平静を取り戻し、ファッジに軽く挨拶をしたあと、妻と息子を伴い、自分の席へと進んでいった。

 リンが顔を前に向け直すと、膝の上にスイが転がり込んできた。ようやくビルから解放されたらしい。ぜいぜいと肩で息をしている彼女に同情を覚えて、リンはスイの背中を撫でてやった。

 そのとき、ルード・バグマンが、貴賓席に勢いよく飛び込んきた。興奮しきって、丸顔がツヤツヤと光っている。

「みなさん、よろしいかな? 大臣、ご準備は?」

「君さえよければ、ルード、いつでもいい」

 満足そうなファッジの言葉を聞くや、バグマンは杖を取り出した。

4-16. クィディッチ・ワールドカップ
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