これが百数十年前の日常
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「もうすっかり六番隊副隊長だな、雪音」
「拳西…!おは…」
おはよう、と挨拶をしようとした時、前方を歩いていたお爺様と目が合う。
「…六車隊長、おはようございます」
言葉遣いと、目上の人に対する態度は、当主教育以前の問題である、と先日注意されたばかりだったからだ。
拳西も察してくれたのか、大変だな、という顔で「おはよう」と返してくれるが、隣の白は「雪音たん変なのー!」と豪快に笑う。別に私だって敬語くらい使えるっつーの!と言ってやりたいが言えないので、ぐっと自分の中だけに留めておいた。
私が六番隊副隊長に就任して、3ヶ月が経とうとしている。
十三番隊から六番隊へ移動する時、十四郎…もとい浮竹隊長に文字通り沢山持たされたお菓子もそろそろ底を尽きてきた。新しく貰いに行こうかな、と考えながらそういえば今日は八番隊に用があったんだと思い出す。最近書類仕事ばっかだったからなぁ。久しぶりにお喋りできる、と思いついて私は1人ほくそ笑んだ。
「京楽隊長いますかーー!」
「雪音か、ウチの隊長は休憩中や」
明らかに自分も休憩中であろう出で立ちの(机に足を乗っけて雑誌をペラペラ捲っている)リサが「ほれ見い」と足で指す。京楽隊長は寝転がって笠を被っていた。眠ってるなら出直そうかな、なんて考えていると「雪音ちゃん?」と名前を呼ばれる。どうやら起こしてしまったらしい。
「久しぶりだねぇ、最近忙しそうだけど」
「慣れない副隊長業務と当主教育がキツいからだろうなぁ、でも最近はやっと余裕が出てきたよ」と返した後、脳内でお爺様の「敬語!」という叱責が聞こえて「やっと余裕が!出てきました!」と慌てて言い直す。
「あはは、こりゃ大変そうだ」
ケラケラと大爆笑しながら、京楽隊長は「礼儀正しさも大事だけどボクはいつもの雪音ちゃんが好きだなぁ」とサラリと言ってのける。「京楽隊長じゃなくて春水って言ってた頃に戻ってもいいんだよ?」と付け足されて、私はぶんぶん横に首を降った。
まだ霊術院にも入っていなかった頃。私の遊び相手は専ら京楽隊長や浮竹隊長、夜一といった隊長格で、その頃は隊長の凄さも威厳もよく分からなかったため、春水、とか十四郎、と呼んでいた。(恐ろしいのは卯ノ花さんを烈!と呼んで生け花を習ったり、総隊長に爺!とか叫んでお菓子をねだったりしていた事だ)
とにかく私にとってその頃の記憶は消したいほど恥ずかしいのだ。今更蒸し返されても反応に困る。
「書類です!」と恥ずかしさを強引に誤魔化して手に持っていた紙束を京楽隊長に押し付ける。やれやれといった表情でその紙束に目を通す京楽隊長を横目にリサを見やれば「貴族の娘ってのも大変やね」と返された。
「リサは私に普通に接してくれるよね」
「アホか、ただの副隊長に普通とか普通じゃないとかあるわけないやろ」
ふん、と鼻を鳴らすリサはきっと誰よりも優しい。朽木家の娘として扱われる私に、ただの副隊長だと言ってくれる相手は彼女を除いてあと何人だろうか。やはり他隊の隊長にも物怖じせずタメ口を叩くだけの器の持ち主だからか。
「ウチのバカ副隊長は!!いらっしゃいますか!」
私の感動を切り裂いて大声で私を呼ぶ、聞き覚えのある声。その前にバカ副隊長ってなんだ、それもう悪口じゃねぇか。と内心ツッコミながら「いますよー!!!」と負けじと大声を返す。
「こんの!バカ雪音!!てめェ俺に仕事押し付けて八番隊で呑気に喋ってんじゃねぇぞ!!」
「呑気に喋ってないもーん、ちゃんと私は私で仕事してたし!」
見てみろ、と顎で京楽隊長の持つ書類を指す。すると彼は「お前が俺に仕事押し付けた事に変わりはないんだよ!!」と頭突かれる。
「ってぇな!海燕!!私副隊長だっつってんだろ!!敬え!!!」
「副隊長である前に同期だって言ったのはどこのどいつですか〜〜!」
腹立つドヤ顔をかましてくるのでその顔面目掛けて拳を放つ。霊術院時代にも今と変わらずよく口喧嘩をしていたせいか、六番隊に移動した時「朽木副隊長、三席の志波海燕です。よろしくお願いします」と敬語を使われたことに面食らって「副隊長である前に海燕とは同期だよ」と言ってしまったのだ。
そのせいで基本的にタメ口な上いつまで経っても「雪音」のまま。「朽木副隊長」なんて呼んだのは六番隊に配属されてすぐの挨拶で聞いたのが最初で最後になってしまった。
「真子とひよ里といい、雪音と海燕といい、うるさいのが多いなぁ」
「仲良さそうで良いんじゃないのぉ?」
ぎゃんぎゃんと口喧嘩をかます私たちにはそんなリサや京楽隊長のぼやきは当たり前だが聞こえなかった。
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