05



「あーもう、ムカつく!腹立つ!あいつの部屋に隕石が落っこちまえ!錬金術失敗しやがれ!てか、明日錬金術の授業じゃん!白衣姿が見れるってこと?あわよくばペアで実験もありうるってことじゃん。え、ちょっと聞いてくれない?これは完全に妄想なんだけどさ」
「断っても話すんでしょう。勝手にどうぞ」
「えへへ。バレた?まあ、聞いてよ。二人一組で実験することになるのね。大釜をぐーるぐると回すんだけど、私がちょっとした興味本位で煮えたった中身を覗き込もうとするのね。そしたら、『危ないですよ』とか言って、サッと手を引いてくれるんだよーっ!無意識とはいえ手を繋いでしまったわけだから、後からそれに気がついて、恥ずかしそうに咄嗟に手を離すんだよ」
「なるほど」
「んまあ、それは恋愛経験皆無なジェイドの場合。まあまあ、それも大変初々しく、可愛いんだけど……。あ、でもなー、私としては余裕ぶっこいた笑顔を浮かべるアイツが好きだから、突然肩を抱かれて驚いている私に対して、『おやおや、顔がゆでダコのようですよ』とか言って、頬に手を添えてくれないかなー!」
「では、こんな感じでしょうか?」
「えー、なになに?まさか、再現してくれ―――」

その途端、頬にひんやりとした感覚を感じた。そしてそのまま、顎をくいと上げられた先にはいるはずのない噂の人物の姿があった。


統一感のなさとは裏腹に静かに佇む瞳。余裕を含んだ口元はゆっくりと結ばれている。


「は、は……」
「このようなことがお望みとは。貴方も変わっておりますね」

おん……まさかのご本人のご登場とは聞いてませんぞ。

口調こそは丁寧だが、嫌味を含んだような物の言いよう。
腹が立つ。でも、頬に添えられた手をはじくこともできないし、目を逸らすこともできない。そして、それに比例するかのように、体の底からふつふつとした熱が込み上がっていく。

熱の正体はわからない。怒り?恥じらい?
それとも、好きな人に妄想話を聞かれたから?そして、望み通りにこうして触れられていることに対する照れ?


「……っ」


照れって何。照れって。
なんで、こいつに照れなきゃならないのよ、馬鹿馬鹿しい(好きなことには変わりないけど)。


「ばっかじゃないの?誰の許可得て私に触れてんのよ!お触り代取るわよ?ていうか、私の半径五メートル以内に入ってこないで」
「随分と冷たいですね。もしかして、嫌いになったんですか?僕のこと」
「いっ……色々と困るの!色々と。それこそ、今この状況を見られて、アンタと付き合っているとか思われたらどうすんのよ」
「何故困るんですか。僕としては、貴方と一緒にいられて、嬉しいことに越したことはないというのに」


一緒にいられて嬉しいだあ?
嘘くさいしょんぼり顔しながら、なんてことを言ってくるんだこの人は。

だって、そんなこと言われて、嬉しくないはずがない。
今、この部屋に私一人しかいなかったら、間違いなく、躍り狂っている。ソファに横たわり、クッションを抱きしめては言葉にならない声で発狂しているに違いない。

ドクドクと伸縮を繰り返す胸の塊の音が聞こえないよう必死に隠しているというのに目の前のこいつときたら、余裕たっぷりの笑みを浮かべてやがる。

くう、悔しい。悔しいけど、その姿もサマになるから、どうすることもできない。

「何言っちゃってんの。恋愛小説の台詞か何か知らないけど、使い回しもいい加減にしなよ。アンタがそういう台詞を言うと元の小説の株までも下がっちゃうじゃない。ていうか、いい加減離れなさいよ」

ええい、離せ離せと首を振り、後ろに一歩二歩下がり、忌々しいヤツの顔を睨みあげるが、相変わらずの表情。ふと横を向けば、心底愉快そうな目をしたフロイドと興味ないとか言っておきながらも、高みの見物といった様子をしたアズールが観客と化している。

「モナ、よかったねえ。願い事叶ったじゃん」
「馬鹿っ、変なこと言わないでよ」
「これで少しは貴方の惚気話も少なくなるでしょう」
「惚気話?一体、どのようなことを話されていたのですか?」
「いいでしょう。しかし、タダでとはいきませんね。内容が内容なので、それ相応の対価。いえ、覚悟と労力が必要ですが」
「面白いよお?いつものモナからは想像もつかないくらいにあんなことや、こんなことを」
「うるさいうるさい!アンタも変に興味持たなくていいから!なに目の色変えて食いついてんのさ。それに二人ももしジェイドに言おうものなら、言おうものなら……」

いかん。特に何も弱みを握っていないものだから、脅し文句が思いつかない。
何か恥ずかしい秘密でもなかったかと記憶の引き出しを探っていると、ふいにジェイドと目が合った。そして、にこりと笑いかけてくるものだから、思考回路を走っていた列車は急停止。あやうく脱線を起こすところであった。

「わあ、見て見て。モナの顔、超真っ赤。やっぱり、ジェイドのこと好きなんじゃん」

と、フロイドの火に油を注ぐ発言に瞬く間に炎が広がった。体の芯から込み上がってくる熱さに耐えきれず、私は出口の方までおぼつかない足取りで歩き、くるりと三人の方へと振り向くと、言葉にならない声で何かを叫び、自室へと続く廊下を逃げるように駆け出した。

何を叫んだのかは覚えていない。ただ喉の奥がジンジンと痛んだのと異様な渇き。そして、名も知らない熱さだけは覚えていた。




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