03



「ねえ、私って本当はチョウチンアンコウなのかな」
「あは。なんかモナが変なこと言ってる〜」


開店前のモストロ・ラウンジに響く笑い声。
聞き慣れたその声の主ことフロイドはモップを放り出し、そこらのソファに腰掛け、ケタケタと笑っていた。

声色や雰囲気は違えど、アイツとそっくりの姿にまるで彼に笑われているような錯覚に陥った私は首を振り、ぺちりと左頬を叩く。


「掃除サボってると、また口うるさい説教くらうよ?」
「うっわ。ダル。てかさ、第一、やってもやらなくても変わんないじゃん」
「だよねー。私もそれ思ってた」

どっちにせよ、昨日にしたばかりなんだし。大した埃もないって。ああ、下らない。掃除なんてやめだやめ。

私もモップを放り出すと、靴を脱ぎ、すぐそばにある三人がけのソファにダイブする。
微かに聞こえる泡沫の音。ゆらゆらと揺れる天井に映し出される水光。意味もなく腕を伸ばし、できもしないのに掴む動作をする。

なんて。気持ちが良いのだろう。
これがあと一時間すれば多くの客でごった返すだなんて想像もつかない。


「ほんとここ心地良いよね。水槽もあるし。わざわざ高い値段出して水族館に行く必要もないしさ」
「水族館なんてつまねーじゃん。小魚やクラゲがぷかぷかと呑気に泳いでいるだけだし。飽きる」
「まあね。所詮は陸の人間が海を模して作った空間なんだからさ。でも、私は結構好きだよ。ほら、この前行ったさ―――」


覗き込むようにこちらを見下ろすフロイドとばちりと目が合い、出かけた言葉が音も立てず泡のようになった消えた。

近い。限りなく近い。
私が寝転がっているソファの背凭れにもたれかけ、頬杖をつきながら、退屈そうな顔をする彼にアイツの面影を感じながらも、やはりどこか雰囲気が違うことに不思議と見入ってしまう。


「なーに、そんなに見つめちゃって」


もしかして見惚れてんの?と目を細め、にへらと笑う。
アイツもこんな顔をするのだろうか。いつもの営業マンさながらのスマイルでもお世辞を塗りたくったようなスマイルでも年齢詐称疑いの妖艶な笑みでもなく、高校生らしい、十七歳の笑顔を。自然なままの笑顔を久しぶりに見てみたい。

―――キモ。何を考えているのだろう、私。


「……いやあ、ほんとそっくりだなあって。そりゃそっか双子だもんね。それにほらここ。何より最適な超快適な睡眠スポットじゃん。最高か?いや、最高だ。よし。今日からここを私の寝室として使うね」
「ここは水族館でも貴方の睡眠スポットじゃありません。さっさと部屋に帰って寝る」


その声と共に見下ろすように視界に入ってきたのはここモストロ・ラウンジ支配人兼オクタヴィネル寮長のアズール。僅かに眉間に皺をよせ、あたかも異物を見るかのような冷ややかな視線を送る秀麗な顔つきをした幼馴染みに少しばかり抗議してやることにした。


「うっわ。大好きな幼馴染みのためにタダで準備を手伝ってやってるっていうのに。そんな仕打ちはなくない?うっわ。うっわー」
「せんせ〜。アズール・アーシェングロットくんがモナちゃんを泣かせてる〜」
「うわーん。アズール・アーシェングロットくんに意地悪されたー」
「フルネームで呼ばなくてよろしい。それにしても貴方、手伝いと声高らかに言いましたけれど、せいぜいオーダーミスした料理を食べることしかしてないじゃないですか」
「棄てるよりかはマシじゃんか」


感謝しなさいなーと手をひらひらさせながら、ソファに凭れ掛かれば、アズールは諦めたかのように空を仰ぎ、深いため息をついた。
そして、私とフロイドを順に見たあと、何かを悟ったかのように口を開いた。


「まだジェイドは来ていないのですか」
「なんかー、キノコの世話がどうのこうのって植物園に行ってから来るって言ってたよ」
「またですか……」
「は?何アイツ。開店前だっていうのに呑気に菌類と戯れてやんの?こっちは真面目に準備してるっていうのに。そんなの……。そんなの……―――」


腕の中にあるクッションを抱きしめる力が強まっていく。
ギュッと音を立てるよう絞められていく腕の中の綿の塊から苦しいと悲鳴が聞こえてくるが、そんなことに構っていられないほど私の頭はある感情でいっぱいであった。


「―――……可愛すぎか?」




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